ニーヴ・マッケイブ「シー・イーグル・ソナタ」
おかわりがいるかどうか訊いてきなさいよ
お客さんは普通紅茶のおかわりをしないもんだ、おかわりするのはコーヒーだけ、
いいから/はやく行って訊いてきなさいよ/あの人ずいぶん参ってるように見えるわ/
初老のパン屋が喫茶室と厨房を分けるビーズののれんから顔を突き出す。早朝の店内には、窓際のテーブルに座り、スマホをスクロールしている青年以外誰もいない。
「あんた、紅茶のおかわりはいるかい?」
「えっ、えーと、大丈夫です。どうも」
「そうだろうと思ったよ。おかわりってお湯を注ぎ足すのか? お湯とティーバッグを持ってくるのか? それとも新しく淹れなおした紅茶をそのカップに注ぐのか? ははっ! そんな具合で、いつになったら最初のカップは新しいカップになるんだろうね? 『紅茶のカップ一杯』ってのは紅茶のことなのか、カップのことなのか? ははっ! 考え出すときりがない」
「はあ、僕は大丈夫なんで、ありがとう、ほんとに」
「じゃ、俺は向こうに行ってるからさ、ごゆっくり。俺はなんせ喋りだすと止まらなくなる男でね、ってあんたにはもう分かってるか!」
「気にしなくていいっすよ、おじさん」
「もしおかわりがいれば、大声で呼んでくれ。俺はその辺をばたばた動き回ってるけど、いつもみたいに、花柄のでかいエプロンつけて、ちっちゃな折り紙なんぞを折りながらね、ははっ!」
「そうします」
「それか、厨房でエクレアだのなんだのを作ったりしてるから。気が変わっておかわりがほしくなったら呼んでくれよな」
「まあとにかくだ、おかわりについてはそういうことで、っと。じゃあ俺は行くから、
青年は椅子を引いてテーブルに近づけ、再びスマホを見る。パン屋は窓のない厨房に戻り、温かいオーブンの傍のスツールに腰かけ、折り紙でできた小さな鳥の並ぶ正面の棚に向かって話しかける。
いやはや、あいつの顔を見たかい、かわいそうに、目なんか真っ赤になって落ちくぼんで
ええ
あいつはそっとしておいたほうがよかったな、そっとしておいてほしいからうちに来たんだな
あと折り紙のレクチャーするのやめなさいよ
はいはい、まああいつもガキじゃあるまいし、折り紙の鳥なんて確かにくだらんけどさ……
エクレアよ/あれは
ああ
ねえちゃんと聞いてよ/あの若い人には何か困ったことが起こってるのよ
いつだって聞いてるよ、そろそろエクレアのパンを出したほうがいいかね
聞いてるわよね/エクレアは出していいわ
お前が黙らんからこっちは聞くしかないんだよ、クリームを挟むんだな
生地が冷めるまで待って/まずクリームを泡立てて/チョコレートをチンして
ここにいたときはいつも喋りっぱなしだったな、今だってそうだ、
あなたならできる/あなたよくやってるわ
そうか、俺、うまくやってるか、こういう仕事を見事にやってのけるお前の美しい手が目に浮かぶよ
やめて/しょうもないこと
お前の両腕は小麦粉で真っ白になって、
思い出してもしょうがない
たまに犬や子供を連れた人や、自転車を押して通りかかる人が見とれるように中をのぞきこんで、
何が言いたいの
――それから、何事もなかったかのように、お前はケーキに飾りつけをして、何をするにしても――
何事もなかったわよ
――トレーの上にかがみこんで、口の端から舌の先をちろりと出して、
絞り袋よ
膨らんだりしぼんだりするやつ、小型のイーリアン・パイプス*1についてるみたいな袋だよ、
何言ってるの今更/さよならしたのに
お前は実に素晴らしかった
ええ
俺たちはしっかり手を握り合って一つになって床の上をくるくる回って、
回転儀って
――シャッターをおろして店じまいしたら、二人とも床にぶっ倒れるまで握った手を離さずに
私たちの後ろで部屋が渦巻いて
俺たちの頭の中で目がリール*2を踊ってるみたいに
目の回る目まぐるしさで
俺たち二人で、二人と何か、少し
二人と、ささやかな何かがあったわね
一から一と二分の一が引かれてしまった
そうね
まだ実感がわかない、まだ無理なんだよ、お前、どこへ行ったんだ
どこって
菓子パン作りに使うあの人工呼吸の袋みたいなのはどこだ
ナイフやフォークの入ってる引き出しよ
お前に会いたい
ええ
もう七か月と十一日、二二六日間
誰かに話したほうがいいわ
そうだな
現実世界の人に
うん
あの悩んでる様子の若い人はどう/自分のことコンテンツ・モデレーター*3って言ってたけど
ああ
心を開いて
ああ
泣き言はなしで
分かった
彼も求めてるかもしれない
そうかもな
ほんの少し/いたわりのぬくもりを
しかしお前がいたわりやらクリームやらとピーチクパーチク話してるのしか
オーブンのスイッチを切るのを忘れないで
分かった
クリームに砂糖を入れて泡立てて
かしこまりましたよ、と
そっとね/瀕死のポニーに棹打つみたいな力は入れないで
それを言うなら「死に馬に鞭打つ」だろ
チョコをダークチョコとミルクチョコに分けて/若い人はダークチョコのほうが好きよ
はいよ
あと、あの人のこと
確かにそうだな
ええ
俺たちの
その話は絶対出さないで/気候変動とか/オルタナ右翼なんてものがでてきたとかそんな話をしなさいよ
折り紙とかな、その起源は――
あの人の仕事のこととか/何か困ったことがあるのよ
何かがうまくいってないんだな
彼と話してみて/あなた人づきあいがうまかったじゃない
そうかね
エクレアをもっていって/ダークチョコのと、ミルクチョコのと一つずつ
パン屋は皿に白い敷き紙をしき、エクレアを二つ並べる。小さな折り紙の白鳥のコレクションから一つを取り、それをトレーに置かれた皿の横に載せ、喫茶室へ入る。青年は窓の外を眺め、厨房に背を向けている。どこかのフットボールクラブの名前が、ジャンパーの薄い肩甲骨の間に金色で書かれている。
「はいお待たせ! オーブンから直行! 友よ、うちのおごりだ!」
「えっ、ありがとうございます、こんなにサービスしてくれて」
「いやはや、あんたここんとこ働きすぎじゃないか! 十時間のシフトで、夜通し――」
「――いや誤解しないでくれよ、ストーカーなんかじゃないからな! 俺はただあんたが道を渡ってビルの中に入っていって……」
「……照明のタイマースイッチが切れる前に階段を上がっていくのを見たってだけで…… というのもだな、俺は次の日の朝使うオーブンを温めなきゃならんから、夜も何時間か店にいるんだよ」
「ああ、なるほど、そうなんですか。それじゃ僕と同じくらいきついっすね」
「天然酵母パン、チャバタ、雑穀パン、何でもござれだ。どの生地にもかぼちゃの種をひとつかみ入れる。パン作りに関しちゃみっちり経験を積んであっという間に腕をあげたもんさ! うちのかみさんが……」
「……えーと、うちのかみさんが昔は全部やってくれてたんだがな」
青年は椅子に背をもたれ、ジャンパーのファスナーを顎まで上げ、ポリエステルの生地の中に口を埋め、両手をポケットに突っ込む。パン屋が続ける。
「そうなんだよ、ははっ! 昔はかみさんがいたんだ、信じられんかもしれないが…… それで、ほら、朝になって俺が戻ってくると、道の向こうからあんたが疲れきって、真っ赤な目で出てくるのをいつも見るんだ。あんたよく頑張ってるよ。ほんと、よくやってるよ」
「そんな大したことないですから、まじで。大丈夫っす」
「そうだ、今新しい紅茶持ってくるよ、すぐだから。そんで、待ってる間にほら、あの白鳥だ。真似して作れるか、もう一回挑戦してみなよ。あんたなかなかすじがいい。コツはだな、これがどうできているのかを解き明かすことだ。まず、こいつを広げてみる。でき上がりから折り始めへ戻っていく。それから作り直す。そしたらエクレアにかぶりつくんだ、そのやせっぽちの体にたっぷり肉をつけなきゃな!」
「そうですね、ありがとう、やってみます」
青年は前かがみになり、テーブルに肘をつく。パン屋が厨房へ戻ると、青年のスマホのピン、と鳴る音が聞こえる。パン屋はビーズののれん越しに振り返る。青年はスマホをチェックし、顔をしかめるとスマホをポケットに入れ、ジャンパーのファスナーを半分開け、折り紙の白鳥を手に取る。しばらくそれを見つめ、手のひらの上で転がしてから、テーブルに置く。背筋を伸ばし、子供のように、力なく口を開けたままこぶしで両目をこすると、もう一度白鳥を手に取る。パン屋ははっと息をのみ、さっと厨房のほうを向いて、再びオーブンの傍に腰かける。
「やせっぽちの体に肉をつける」なんて言っちゃだめよ
あいつを困らせちゃいないし、ちょっとくらい世話を焼かれても悪い気はしてないと思うが
そうかもしれないけど
ほら、ご覧よ、あの白鳥にぐっと顔を近づけてる
あの人、仕事で疲れてるのよ
想像してみろよ、一晩中オフィスの中で、それもだだっ広い大部屋みたいなところらしいんだが、
一晩中
他人に代わって、何が正しくて何が間違っているのかを決めなきゃならない、
そうね
あいつが目にしなきゃならなかった、ぞっとするようなもののこと、 俺にほんの少し漏らしてくれたんだが、
やめたほうがいいわ
そういった話が色々と頭から離れないんだ
それはまずいわね
黒い旗の前まで追い詰められた若い捕虜が、有刺鉄線で後ろ手に縛られて、
そういうことを延々と考え続けるのは体に毒よ
誰かの
私たち二人のことを考えましょう/私たち二人と、ほんのささやかな出来事のことを
俺たち二人がすやすや眠ってる間に、あいつは道の向こう側で一晩中働いてる、
今もあなたの夢の中よ
お前、夢を見てるのか、お前も眠って夢を見るのか
とにかくあなたはよくやってるわ
そうだろうか
ほら紅茶/紅茶をもっていかないと
パン屋は青年のもとへ戻る。彼は今テキストメッセージを打っている。エクレアはもうない。
「友よ、待たせたね、あんたに紅茶のおかわりだ。注文あるなしは関係なし! 俺はこういう
「その通りですよ、おじさん、僕、ちょっと頭足りないんじゃないかってよく思うんですよ。こんがらがっちゃって。でも、この紅茶はうまい、最高。ありがとう」
「ミルクもピッチャーにたっぷり持ってくるよ。なあ、あんたちっともバカなんかじゃない。さあぐいっと飲みほして! ゆっくりしていきなさい。外は朝の人通りが増えてきたな、みんなそんなに急いでどこへ行く? で、夜になると今度はみんなどっと帰ってくる。仕事、仕事、また仕事だ」
「仕事、仕事、また仕事で、それでもまだ仕事はやってくる。でも、マジで最悪の、クソみたいなコンテンツばっかですよ、ほんとのところ。口が悪くてすんません。かなり参っちゃってて」
「ちゃんと休みはとってるかい? あんたにたまってるインターネットのひどい情報をきれいさっぱり、頭から洗い流すための休みは? どこかいいとこにでもでかけないのかい? 奥さんと……」
「……とか、一人旅なんかさ? 俺はスカイ島で何日か過ごしてきたよ、あれは確か七か月前だったな。ぜーんぶ一人で、
初老のパン屋の休暇の写真の何か、紙は粗悪で、褪色が進んで、時折片隅にふっくらとした親指を立てているのが写っていたり、飛んでいるカモメがぼやけたりしている、といったこと。傾き、偏った下手な自撮りや、体が見切れた写真に残った頭部の何か、くたびれ、色褪せたこのスカイ島の写真がおまえにとって何がしか意義あるものになるだろうという、パン屋の強い確信の何か。そしてとりわけ、海に突き出た岬の上、黒々とそびえたつ巨岩の写真の何か、下に赤いペンで書かれたTHE BLACK ROCKという文字には同じく赤いペンで下線が引いてあり、写真の端にはいびつなハートマークがいくつかぞんざいに描かれている、といったこと。
その朝、おまえは街の中心部にあるアパートに帰らなかった。
春のこぬか雨の降るなか、背を丸め、スカイ島へかかる橋を歩いて渡った。よく太ったカモメたちが待ち構えていたかのように、低い声で鳴きながら、十字を描いておまえの前を飛んだ。朝の湿気を避けるため、スライゴー・GAA*5のジャンパーのフードをかぶり、しっかりと紐で結んだ。この天気には覚えがあった。背中をアーチ状に横切る州の標語を読む人は辺りに誰もいなかった。「憧れの地」*6、かつて金色だったその文字は薄れ、白黒ストライプ柄のポリエステル生地のなかに消え入りつつあり、貝の模様の金色も剝がれかけていた。「憧れが呼びかける、我が友よ、民よ」、おまえはカモメたちに語りかけた。
タクシーが一台停まっているのを見つけた。おまえはパン屋の写真で見た黒い岩の説明をした。
「ああ、スコーリーブレック」、運転手は言い、差し出された二十ユーロを受け取ると、おまえをポートリーベイの駐車場まで連れていき、岬への道順を教えた。
上り坂の小道を歩いていくと、右手に岩だらけの海岸が見え、朝日が顔をのぞかせた。おまえは仕事のことを考えた。他のコンテンツ・モデレーターたちは昨夜おまえの仕事を穴埋めしてくれたのだろう。職場の離職率の高さを考えると、おまえの名前すら知らないスタッフもいるのだが。おまえはスタッフ用冷蔵庫の、レッドブルやエナジーバーの隣にある、自分のミルク半リットルのことを考えた。スタッフが自由に食べていいポロミントのこと、いつもオフィス内で手渡されていくその包みの二つ、三つについて考えた。小さな休憩室のことを考えた。休憩室の電子レンジ、小型冷蔵庫、テーブル、数脚の椅子。おまえはそこで話し合ったことを考えた。何を画面で見たか、何を適切な内容と認め、何をアウトと判定したか。自分たちがまるで神であるかのように感じてしまうこと、話し合いが悪質なコンテンツに耐えるのを支えてくれること、自分の目にしたものを軽くいなし、すべて頭から払いのけてしまうことについて考えた。そしておまえは孤独なパン屋について考えた。あのおじさんは、今朝おまえの姿が見えないともう気づいているのだろうか。
ようやく、パン屋を魅了した黒い岩が自分の前にぬっと姿を現すのを目にすると、おまえは湿ったヘザーの上に座って、ジャンパーを膝に置いた。ポケットの溶けかけたチョコレートバーを取り出して食べ、べたつくチョコから銀のホイルを細く剝がし、剥がしたかけらを一つずつ、風が運び去るにまかせた。紫の包装紙で小さな白鳥を折った。完ぺきとはいえないが、かなり近い形になっていた。上を向いた小さな紙の翼にひだをつけると、それを断崖の向こうへ指でぽんと弾き飛ばし、くるくる旋回しながら波間へゆっくり落ちていくのを見つめた。その姿が見えなくなると、おまえは海を眺め、朝日に目をまたたいた。
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彼女は爪を胴体にたくしこんで舞い上がると、暖かい上昇気流に乗る。連れが後ろから、呼びかける。彼女の大きく広げた黒い翼の両端にある、つややかな風切羽が、柔らかな風を受け震え、逆立つ。その下で大西洋が輝いている。
彼女は首を曲げ、連れに目くばせする。彼は戯れに爪をのばし、白い尾羽を扇形に広げて速度を落とす。幅のある翼を二度打ってから、再び滑空する。彼女は片翼をたたみ、素早く彼のほうへ翻る。向かいあい、彼らは互いの爪を組みあわせ、一つになって横向きにスピンしながら空を降下していく。回転の勢いに翼が激しくはためき、薄黄色の目が見つめあい、背後で海と空が転がり回る。
ちょうど水面にぶつかりそうなところではなればなれに舞い降り、彼らの翼は揺れ動く水をさっとかすめる。波の上で四度浅く羽ばたくと、彼らは互いのほうへ背を傾ける。彼がくるりと彼女の下へもぐりこみ、爪で彼女の爪に触れ、すうっと翔け昇る。彼女は追い、呼びかける。
断崖の岩肌が正面に迫る。ヘザーやネズ、流木でできた彼らの巣は、内側を昔孵った卵のかけらで覆われ、岩肌のくぼみにおさまり、長いこと持ちこたえている。
彼女は岬に動くものを見つけると、翼を鋭く傾け、それに向かって急転回する。渦を巻いて風に運ばれていくいくつもの細長い切れ端を日光が照らす。彼女はそばへ、そばへと近づき、輝いてはいるが生気の感じられない細片を宙に放っている男に注意を向ける。彼女の目は細長く裂かれた銀のホイルを追う。興味をなくし、彼女は翼をはためかせ空を翔け、再び暖かな気流に身を落ち着ける。連れは黙ったまま、後を追う。
ひとりぼっちの男に視線を戻すと、彼女は男が小さな紫色の何かを弾き飛ばすのを見る。片翼を半ば閉じ、落下していくその何かに向かって急降下する。目標に近づくと、それが自力では動けない、つまらないものだとはっきり分かるが、くちばしで捕まえずにはいられない。そして彼女は体をひねり、上空へ飛び去る。彼女の舌が甘い、ひだのついた紙を丹念に探る。庇のように張り出した骨の下でぎょろりと後ろへ回した目玉を、彼らの巣のある岬に姿をさらしている男へ向けると、男が口を開け、彼女のほうを見上げ、腕をだらりと垂らして立ちあがるのを、黒、白、金の素材でできたもつれた海藻のような、生き物ではない何かがその足元にあるのを目にする。男は彼女に向かって大声で叫び、ゆっくり両腕を伸ばし、鳴き声をあげる。呼びかけ、呼びかける男の体は無防備で、無害だ。彼女を待っている連れが警戒の合図を送ると、彼女はぐるりと弧を描き、太陽を背に空中でとどまっている彼の、翼を広げた黒い姿のほうへ戻っていく。連れの周りを回る彼女には、下にいる背を丸めた男の、徐々に薄れていくセレナーデがまだ聞こえているが、さっと翻って上空へ舞い、連れが後を追う。海の大気が彼らの翼を運んでいく。
*著者紹介:ニーヴ・マッケイブ(Niamh Mac Cabe)…アイルランドの作家。過去に受賞歴があり、フィクション、ノンフィクション、詩作品をNarrative Magazine、The Stinging Fly、Mslexia、Southword、The London Magazine、No Alibis Press、The Irish Independent、Aesthetica、Lighthouse、The Forge、Structoなど、様々な国の雑誌・選集等に多数発表している。
https://twitter.com/NiamhMacCabe
*この作品は、The Stinging Fly Issue 41, Volume2, Winter 2019-20に所収のSea Eagle Sonataの改訂版を底本としています。こちらの翻訳の提案に対し改訂版を送ってくださったニーヴさんに心より御礼申し上げます。
*1:イーリアン・パイプス(Uilleann Pipes)はバグパイプに似たアイルランドの伝統的な楽器。右腕脇に挟んだふいごから左腕脇の革袋へ空気を送り、革袋からパイプに送られる空気とパイプの指穴を調節・操作しながら演奏する。革袋とパイプの接合部分の先にリードがついている。http://uilleannpipesjapan.web.fc2.com/Profile.html、https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%97%E3%82%B9参照。
*2:リールはスコットランド・アイルランドのダンス・曲の一種。アイリッシュ・ダンスでは、リール・タイム(手をつないでぐるぐる回るダンスステップの一種)で踊られるダンスを指す。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AB_(%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9)、https://juna9.seesaa.net/article/a39818333.html、https://en.wikipedia.org/wiki/Reel_(dance)参照。
*3:コンテンツ・モデレーターはインターネット上の不適切なコンテンツを監視する業務に携わる人。wired.jpのこちらの記事を参照したが、いかに苛酷な仕事かが分かる。
*4:ルアス(Luas)はダブリン市街地と郊外を結ぶ路面電車。‟Luas”はアイルランド語で「スピード」の意味。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%82%B9参照。
*5:スライゴー・GAAはGAAのスライゴー支部の名前。GAA(ゲーリック体育協会)はゲーリックフットボールやハーリングなど、伝統的なアイルランドのスポーツ等の活動を統括・支援し、その振興と推進を目的とする団体。本作品のパート1で「フットボールクラブのジャンパー」と出てくるが、作者のニーヴさんによると「スライゴー州には26のスポーツチームがあり、この青年が来ているスライゴー・GAAのジャンパーはどこか特定のチームのものではない」とのこと。
*6:「憧れの地」(Land of Heart’s Desire)はスライゴー州のモットー。スライゴーはイェイツ(ウィリアム・バトラー・イェイツ、詩人・劇作家、1865-1939)の生地でもあり、彼の戯曲集の中には「心願の国」(The Land of Heart’s Desire)という作品がある。新婚の妻メアリーは夫ショーンを愛しているが、つらい労働を厭うあまり、なくしてしまった自由を取り戻したい、働きたいとき働いて、遊びたいとき遊びたい、この退屈な世界から連れ出してくれ、と五月祭の前の晩に妖精に呼びかける。いたずらな妖精は子供の姿でメアリーたちの家に入り、メアリーの夢見るような「憧れの国……美しいものはいつまでも美しく、衰えの波が寄せて来ない国。喜びが知恵であり、時が果てしなく喜びの歌を奏でる国」(p. 33)へ連れて行こうとする。妖精の甘い言葉と神父の説教、夫への愛の間でメアリーは最初ためらうが、結局行く、と返事をし、その場で息果て、妖精は消える、というお話。イェイツのこの作品と本作品との間には、スライゴーの州のモットー、またイェイツの作品名の一部でもある‟Heart’s Desire”しか完全に一致する言葉は見当たらず、構成も内容も共通点は少ないが、きつい労働からの逃避の欲望、誘われ、連れていかれるというテーマにおいて、間接的にイェイツの作品を下敷きにしたものとも考えられる(引用・参考文献は『イェイツ戯曲集』佐野哲郎、風呂本武敏、平田康、田中雅男、松田誠思共訳、山口書店、昭和55年)。