Ball'n'Chain

雑記

10年前のギリシャ旅行記――オデュッセウスになりたくて

 旅に行きたいので。約10年以上前に某SNSで書いたギリシャ旅行記です。コピペしただけですが、誤字等は多少修正してます。長いです(笑)。偏見じゃないかという表現もありますが、10年以上前の自分が旅行をして感じたことを率直に書いたものなので、そのままにしておきます。今の私は旅行をしてももうこういう文章は書かないし、書けないので。

 

オデュッセウスになりたくて:出汁で済ます陸のクリスマスでした

2009年12月25日

 無理やり仕事を終わらせたことにして一人仕事納め。会社は普通に29日まで営業しているのだが。他の人は皆忙しいけれど、私は休みますよ。有給とって、かなり長く休みますよ。ああもう大分顰蹙買ってるだろうな、とか、気にしない。お前クビと言われるその日まで。しかし今月の給料明細も安かったな… 手取り6割ってどうよ。厚生年金とか入らんでもえーやん。あれなきゃなぁ、15,000円くらいプラスなんだがなあ。
 書を捨てよ、街に出ようではないが、ギリシャ行ってきます。2週間。夏の請求書起こしの嵐で逃げたい気持ちがピークになって、買ってしまったアテネ行きの航空券。船乗って、島へ行きます。オデュッセウスになりたくて。自分の体を帆柱に縛り、船員たちの耳を蝋で塞いで、セイレーンの誘惑を逃れたい。オフシーズンは観光客向けの店の大半は閉まっているらしいのだが、宿と食べ物が確保できればそれで良い。遺跡を見たい、船に乗りたい、海を見たいという気持ちは確かに強いけれども、とにもかくにも休みたい。誰もいないところで、非日常に浸りたい。ごみ捨てとか、ネットとか、ご近所とか、全部忘れて眠りたい。
 この数ヶ月かけて色々と準備をしていた。言葉と、持ち物。ギリシャ語勉強してたんすよー。ばっちりとはとても言えないし、本当に現地で使う勇気があるかどうかは分からないが、できる限りの努力はした。話してみて少しでも通じるといいな、程度の期待。あとは、持ち物、持ち物。何か旅行とかイベントってなると、今までいちいち使い捨てカメラを買っていた。デジカメに抵抗があるのと、毎日使うものでもない高価なものになかなか手を出せなかったため。カメラの何が好き、ってネガフィルムが好きなんですよ。間違って裏蓋開けたらすべてパーになるやつ。普通のカメラでフィルム使うやつって、今だったらデジカメより高いプロの使うようなのしか売ってないんじゃないだろうか。詳しくないからわかんないけど。画素なんて人工の単位がこの世界のありのままの存在を再現できるわけなどない!!、なんてな。でもやはり使い捨てだと、暗い場所や夜景は全く使い物にならないので、思い切って買ってみた。たしかビックカメラのネットショップでニコンCoolpix(だったかな)、11,000円。プラスメモリカード2,000円。ネットの口コミ見てたらあれがあーだとかこーだとか色々書いてあって、どれ買えばいいのか分からなくなってしまい、こればかりは現物に触れるしかないだろうと、長崎屋に入っている面白ベスト電器で置いてるカメラ片っ端から起動させてみたんだが、何がどう良くてどう悪いのかさっぱりわかんなかったので、結局見つけた中で一番安かったのを購入。こないだ井の頭公園まで行って使い方の練習がてら写真を撮ってみたけれど、これと言って不便もない。まあずぶの素人ですからね。買ってみて何よりも嬉しかったのは、液晶部分がタッチパネルになっていたことだ。うちで唯一のタッチパネル。
 外貨も買った。TCがめんどくさいので(と言うか最近ではあまり利便性に欠けるという話を聞いていたので)全部キャッシュ。体の色んなところに隠していこうかと思う。だってオフシーズンのギリシャの島なんて、TC両替できる銀行あるのかどうか不安だから。外貨を買ったのはいいが、移動と宿賃だけで当初の予算ぎりぎり気味なのが今二番目の不安。あんなに毎日請求書起こしているのに、自分の金の計算については苦手。ちなみに一番の不安は11時のフライトに間に合うように起きれるかどうか。2時までに眠れなければ徹夜の覚悟。
 というわけで、28日から1月12日まで日本にいません。皆様良いお年を。m(_ _)m

(タイトルは回文です)

オデュッセウスになりたくて:まだトランジット

 えろう遅なってすんまそん。帰国してからちょっと忙しすぎて… といってもほとんど家事だけど。洗濯して掃除して部屋片付けて、写真とお土産整理して、旅行中書いてた日記を今編集中。少しずつアップしていきます。長期戦の見込み。

12月28日 成田―ロンドン機内にて
 というわけで機上の人である。寝坊するのが怖くて徹夜。明け方の電車の中で、カバンを握り締めて座っている私の手の甲がひどく年をとっているのに気づいて今日は驚いた。東京駅からNEX(成田エクスプレス)で空港へ。NEXって…ペプシかよ。成田空港に入るの大変だった。空港自体に入るのにセキュリティチェックがあるのな。無事スト回避してくれたおかげでBA機に乗っているのですが、クルーはストしたいのにとか思いながら働いているのだろうか。眠くてしょうがなかったのがワイン飲んで急にしゃんとするとか私は廃人か? どうでもいいが全然英語が聞き取れない。さっきはトイレの圧力でドアが開きそうになって焦った。まだトイレ入っちゃ駄目なのかと思った。私はとりとめもなく現実と空想と、過去と未来とをごちゃ混ぜにして、まるで一貫しておらず、この先も全くこの通りであろうと予感される。西に向かって飛んでいる飛行機の窓の外はいつまでたっても明るくて、好奇心は膨らむけど多分体がついていかない。それにしても今何時? 日本時間で19時20分。つうことは8時間ほど乗ったと言うことか。あと4時間ほど? 突然ふと取り返しのつかないことをしてしまったような気分に襲われる。物凄い速度で、誰からも遠ざかっていきます。時速1000マイルの寂しさ。年をとった私の手の甲。私は見知らぬ土地を踏みたいと焦りながら、お守りのように会いたい人の顔を思い出している。雲の上でおそらく時間の流れ方は狂う。逆さにまわる時計の針に運ばれて、私はただ無性に何かが恋しい。

(ロンドン到着は3時ごろだったのだが、予約していたホテルに辿り着くまでに手間取って気がつけば夕闇。それでも意地でウェストミンスター駅へ行き、ビッグベンとウェストミンスター寺院テムズ川の夜景を撮って凍えながらホテルにもどる。アテネ行きのフライトは午前8時。なので5時起きで凍えながらヒースロー空港へ向かい、無事搭乗。)

12月29日 ロンドン―アテネ機内にて
 再び機上の人となる。予約したホテル中は快適だったけど失敗した。最寄のバス停はCompass centerってアクセス情報に書けよ。どこへ行くにもバス使わなきゃいけないってのは非常に不便。海外モードへのチューニングが上手くいかず、何をするにも10分は困った。シャワーのボタンは押すのではない、引くのだ! ウェストミンスター駅に向かう地下鉄ディストリクト線の、ミントと酒のにおいの充満する満員電車の車内ではおじさんたちの突き出た腹に四方から支えられてある意味快適。揺れてよろめいてもぼよん、ぼよん、って跳ね返してくれる。ビッグベン綺麗でした。ウェストミンスター寺院もな。中にはいってステンドグラスを見たかった。しかしイギリスの公共の建物内はどこも禁煙なので道がひどく汚い。店も飲み屋も駄目だからみんな外で吸ってる。空港行きのバス(423番)を待つ朝5時のバス停は寒くて死ぬかと思いました。423 or die…という言葉が頭の中で無限リフレイン(ちなみにバスは30分遅れでやってきた)。

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オデュッセウスになりたくて:友人の名前はバ

12月29日
 アテネ空港着後、バスでピレウス港へ直行。ギリシャ国内のすべての島への船が着港する拠点港である。そのままエギナ島へ。乗船時間1時間程で、とても近い。が、船のチケットを買うときに地球の歩き方を店に置き忘れる。辛うじて予約していたホテルの名前は覚えていたので、島に着いたらすぐにネットのできる店を探した。港の近くがそのままエギナ島の中心街で、沢山のカフェやタベルナが並んでいたので、幸いなことにすぐに見つけることができた。ホテルの場所は何とか確認することができたが、店の主人に「ホテルプラザってどこにあるか分かりますか?」と聞いてみた。「右側にずっと歩いていけば見つかると思うけど、ちょっと待って、俺の友達が案内してあげるよ」と、店の中にいたお客さんを連れてくる。道すがら色々と話す。
「どこから来たの?」
「日本です」
「僕は歌手でね、マンドリンも弾くんだ」
「プロの歌手ですか?」
「そうだよ。ホテルとか、教会とか、色んなところで歌ってる。君はバケーションで来たの?」
「はい」
「どのくらいいるの?」
「ここには1週間くらい。そのあとでクレタ島アテネを見て回ります」
「いいね。ここは暖かいし。特に今年は例年よりも暖かくて、みんなびっくりしてるよ。僕の名前はバ○○。君は?」
「マイです」
「よろしく。あの辺のカフェによくいるから、また会おうね」
「ええ、是非。また行きますね」
 と言った感じで(ちなみに英語です。ギリシャ語ではありません)。ホテルについてほっとして、日記でも書こうかと思った瞬間、何という恩知らず者か、今案内してくれた人の名前を忘れる。確か最初の文字はバだった… バルティス? バディス?… どうしても思い出せないまま、また今度会ったときに失礼だがもう一度聞いてみようと思いながら、疲れ果てて就寝。

<エギナ島ホテルでの日記>
 一時はどうなるかと思い… なくしたのが歩き方でまあある意味良かったが、替えがきかない… しかし、飛び込みで入ったカフェがよかった… しかも友達バの名前忘れた… 最低や。また行こう。明日はガイドブック探しから始まるだろう。今日は休息日と言うことでていうか休んだほうがいい。ていうか今から歩き回ってもまたバに迷惑をかけるし、休みに来たのであるから。

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12月30日
 朝はまずガイドブック探し。何とか本屋を見つけて、簡単なエギナ島マップとGeorgeなんとかという人の書いた「エギナ島ウォーキングガイド」というような名前の本を買う。この本、島内をハイキングする人のための本だから、中心街にどんな店があるかとか、どこがおいしいとか、どこの村まではバスで何時間とか、そういった情報は載っていない。どう見ても今回は使えないだろうなとは思ったが、ないよりはましと考えて購入し、ホテルに戻ってぱらぱらと読んでみた。
「小学校の前でバスを降り、右側に真っ直ぐ歩いていくと立派な松の木が二本生えているのが目印」
「このトレッキングコースは両側の木の枝が非常に低い位置に生えているので、葉が頭に刺さる。気をつけよ」
 ジョージ… 情報がある意味高度すぎるよ… 気ままに書きすぎだよ…
 あとは中心街のお店やカフェを覗いたり、1人浜辺で砂遊びをしたりしながらのんびりと過ごす。コロナ宮殿という小さな遺跡も近かったので訪れた。ギリシャの地酒ウゾも飲みました。

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オデュッセウスになりたくて:オデュッセウス、バスに置いてかれる

12月31日 
 アフェア神殿訪問。ある意味この小さな島で一番の見所とも言える。中心街からバスで30分ほど。真っ青な空に、真っ白い大理石の柱が見事に映える。保存状態も良い。

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 それほど大きな遺跡ではないので、1時間弱たっぷりと堪能してから、神殿の入り口の向かいにあるお土産屋兼カフェでコーヒー飲みながら帰りのバスを待っていた。…ら、のんびりしすぎてバスを逃す。周りには神殿とこのカフェしかない。ずっと待ってるのも退屈だ。ジョージの本によればアギア・マリナというリゾート地までここから歩いて30分。神殿はとても高い丘の上に立っていて、アギア・マリナの海岸も見える。街に出たほうがバスに乗りやすいのではないかと考えて、不安ではあったがジョージの本片手に歩き出した。目指すべき海岸を見失わないように、また、いつでも元の場所に戻れるように、何度も振り返っては丘の上にそびえ立つ神殿の位置を確認しつつ坂道を下る。眺めはいいが、人の気配ゼロ。車すら通らない。ここでもし盗賊が飛び出してきたら、と思うとどんどん恐怖が増してきて、自然と速足になる。右前方にぼろい木の板に手書きで「アギア・マリナまでのショートカット ここから500メートル」と書いた、いかにも頼りない手作りの看板が見えた。指し示す道は、両脇を乾いた木々の無造作に生える荒地に挟まれていて、舗装もされていない。かなり怪しかったが、見た感じ一本道のようではあるし、これ以上舗装された道を進んでもアギア・マリナの方向を示す標識が見あたらなかったので、募る恐怖を抑えつけながらショートカットへ。このショートカットがそれまで以上に急な坂道で、そこかしこにぼこぼこと丸い頭を出しているむき出しの石は磨り減ってつるつるだ。その上に乾いた砂が撒き散らかってるもんだから、滑る滑る… 小さい声で「ヒー」と言いながらほとんど駆け下りるようにして前へ進んでいくと、やっと小さな民家が見えた。ほっとしたのも束の間、民家の前をうごめく黒い影… 
 …ワンがいる… 
 吠えている。こっち見てる。犬は嫌いではない。が、ギリシャには野良犬が多い。しかも最近日本に多い小型犬なんて滅多にいない。ほとんどが小ぶりの羊くらいの大きさのやつだ。黒いワンと見つめあうこと数分。遠くから目視確認。奴の向こうには家がある。奴は尻尾を振っている。おぼろげながら鎖らしきものも見える(長さは分からない)。よくよく見ると右奥に犬小屋らしきものも見える… 
 これは… ゴーだろう… 
 そう思いながらゆっくりと、「君には残念ながら興味ありません」という素振りで、あくまで普通の人の歩く速度でワンの横を通り過ぎた。ジョージ… ショートカットには犬はいるけど飼い犬だから安心しなさいって書いといてくれよ… 
 犬を無事クリアし、海に向かって坂を下っていくとすぐに街の中心部らしきところに出た。らしきと言うのがミソである。タベルナもある。カフェもある。お土産屋もある。ホテルもある。が、開いてるのは2,3軒… それよりも何よりも、辺りにはバスのバの字すら見当たらない。あー…という気持ちで、とりあえず10分くらい砂浜に座り海を眺める。だがいくら眺めていてもバスには乗れないので、気を取り直してバス乗り場探し。最初に入ったのは商店のようなところ。店の主人の爺さんが暇そうにこっちを見ている。どう見ても英語通じなさそうだ。「シグノミ、アポプボロナパロトレオフォリオ?(すいません、バスはどこで乗れますか?)」爺さんは何かしらギリシャ語で答えてくれるのだが、全く意味分からない… 困った様子の私を見て、ヒア、ヒアと言うので、てっきりここで乗れるものだと思って一瞬喜んだのだが、爺さんすかさず「まあとりあえず中に入れ」見たいな仕草をする。ここで待ってろということなのかと思って素直に入ったら、中は普通の商店。商店というか、日用品店。洗剤とかトイレ掃除に使うようなタワシだとかが所狭しと並んでいる。
 この爺さん帰れなくて困り果てた私にタワシを買えと言うのか?… 
 意思疎通不可能と判断し外に出ようとしたが、目の前にチョコレートを手にした爺さんが立ちふさがる。「これすごくおいしい。これもおいしい。1.5ユーロ」ああそういうことかと思い、しょうがないからチョコを買うが、コインが1.35ユーロしかない。20ユーロ札を出したら、おつりがないか計算がめんどくさいのか爺さんは首を振る。「もういいよ、1.35ユーロで」ありがとうと言って外に出ようとしたら「バス停は左側に100メートル歩いたところにあるよ」 
 …なんだこのRPGみたいなやり取りは… 
 言われた方向に歩いてみたが、どうしてもバス的な何かが見つからない。そこで見つけた2軒目の商店。「すいません…」「ハッピーニューイヤー!!」突然立ち上がって握手してくる店主のおじさん。「ああ…(今日12月31日だよ) ハッピーニューイヤー… バスはどこで乗れますか?」「ああ、50メートル向こうだよ」と、さっきの爺さんと反対側の方向を指す。歩きすぎたのか。今度は何も買わされず、再び言われたとおり歩く。やはり見つからない。3軒目はカフェ。カリメラ(こんにちは)と言って入ろうとしたらエフハリスト(ありがとう)と言ってしまい、のっけから不審な視線を注がれる。「…すいません、バスはどこで乗れますか?」「ああ、あっち側に20メートル」さっきの店主と同じ方向。少し歩き足りなかったわけだ。高速のフクロウ並みにきょろきょろしながら歩いていたら、少し奥まったところにあるゲームセンター(当然閉まっている)の脇に「Bus ticket」と小さな看板を掲げたバラック小屋のようなものが見えた。シャッターは閉まっている。いわゆるバス停(時刻表のついた標識のようなもの)はない。時計を見ると2時過ぎ。夕暮れまでに来なかったらタクシーで帰ろうと思いつつ、誰もいない店の塀の上に一人寂しく座ってひたすら待つ。30分ほど待っただろうか。少し離れたところにタクシーが停まって、カップルが降りてきた。こっちに向かってゆっくりと歩いてくる。見た感じ地元の人じゃない。これはチャンス、というか藁にもすがる思いで塀を飛び降りて駆け寄る。「すいません、どこからバス乗ればいいかわかります?」「いやー、ここみたいなんだけど、僕たちもよくわかんないんだよね」心底ほっとした。やっぱカップルは幸せを呼ぶね。バス待つ間感謝の気持ちで色々と話した。ミュンヘンから来たカップルで、私と同じくアフェア神殿を見てきたところらしい。そして私と同じく暇そうな爺さんの商店でチョコレートを買わされたという。カップルは午後四時には島を発ち、アテネへ戻る。間に合いますかね…とか言っている間に、とうとうバスがやってきた。俺を乗せずに誰を乗せるといった勢いで親指を立てて合図をする私(ギリシャのバスも手をあげなければとまらない。そして手のひらを相手に向けて合図するのは失礼な合図であるらしい)。乗れなければ無情。乗れれば最高に幸せ。答えはバスです。

<アフェア神殿に向かう前に立ち寄ったカフェで書いた日記>
 年を越す気がしません。こんなに暖かくて明るいのであれば。ウゾは説明不可能な味がした。しいて言えば、すっきりとした? 辛口の? 甘みのない。ミントのような。酔っ払って小さな町を徘徊した。私はアフェア神殿まで行って、またここに帰ってこれるだろうか? 窓にぶつかる黒とオレンジ色の羽をした蝶(蛾?)はテオ・アンゲロプロス的です。

<アフェア神殿から帰ってきたのち、疲れ果てて戻ったホテルで書いた日記>
 オデュッセウスはバスに乗れなかった。Georgeの本を少しだけ参考にしてアギア・マリナへ。そっちのほうがバスに乗りやすいかと思ったので。それが誤算。人いやしねー。バス乗り場わかんねー。人に聞くこと3回。いらないチョコを買わされたり。人のいないシーズンオフの街並みが、そのまま心象風景。アフェア神殿からアギア・マリナまで歩く道のりも結構な恐怖。ショートカットは下り坂で滑る滑る。物盗りは年末はお休みだろうと思ったけど、目の前に犬の姿。吠えられたが、尻尾振ってるし、鎖を目視確認して何とか通り過ぎる。道のりはいい眺めだったが、写真撮る心の余裕がなかった。あまりの不安に近くに来たドイツ人カップルに話しかけたら、向こうもバス待ちで困っていたようでかなりほっとした。

オデュッセウスになりたくて:オデュッセウスの危機

12月31日の夜

 ホテルで一休みしてから晩飯を食べにカフェへ。ハンバーガーとビールを注文して座っていると、件の友人バがやってきた。「アフェア神殿行ってきたよ。すごく綺麗だったけど、バスに置いてかれて、アギア・マリナまで歩いた」「それはとんだアドベンチャーだったね」なんてことを話しながら、私はハンバーガーを、バはお茶を飲む。忘れないうちにと思って「帰ったらメールしたいから、メアドと名前教えて、あと住所も」とメモ用紙を差し出す。バはバノスという名前だった。全然ちゃうやん、と一人心の中で呟く。カフェの天井にかけられたテレビスクリーンにはサッカーやウィンタースポーツの映像が流れている。日本の選手、ナカタ? ナカムラ? 彼らはほんと足が速いよね。スキーもスノボもできないけど、見てるのは好きだよ。僕はお茶には絶対砂糖を入れないんだ。ヘルシーなものが好きだから。そんなことを聞きつつ、それに答えつつ話していると、歩くの好きだから、散歩でもしない? と言う。(港まで行ったら、人身売買の密航船に押し込められるのでは?…)私の心のガードがまた1段階ぶ厚くなる。バノスがフレンドリーで気さくな人間であることは分かっている。それでも、つい2,3日前にあったばかりの人だし、こっちは女一人旅だ。普段海外での危機管理の仕事にも携わっているせいか、どんなに親切にされても100%心をオープンにすることができない。でも断る理由もないので(怖いからいいとは言えない)、バノスとともに夜のエギナ港を散歩。
 12月31日だというのに街は至る所クリスマスのイルミネーションだらけだ。「このイルミネーションっていつまで続くの?」「うーん、イースターまでじゃないかな(!)。イースターになったら、みんなクリスマスのこと忘れるから」
 …のんきですね。エギナ港はさすがにそこまでイルミネーションが飾られてないので、結構暗い。楽しもうという気持ちと危機意識とを忙しく働かせる。暗いので夜空が綺麗だ。星がたくさん見えた。東京ではこんなにたくさん星は見れないよ。東京には空がないからね、なんて向こうが知らないのをいいことに智恵子のようなことを言ってみる。しばらく歩いて、またカフェへ。二人してお茶を飲んだ。バノスはグリーンティが好きだと言うが、その店でグリーンティを頼んでみたらどう考えてもハーブティーだった。向こうでは紅茶以外はハーブでもジャパニーズグリーンティでも同じ草扱いになるのだろうか。
「僕はトラディショナルなものが好きなんだ。日本にはニンジャがいるでしょ、あとハラキリもすごいよね。約束破ったら、ハラキリ」
「忍者はもういないよ」
「えっ、だってこないだTVで見たよ」
「多分…職業としての忍者はもうないけど、趣味でやってる人ならいると思う。ハラキリも今ではもうしないよ」
 日本におけるニンジャとハラキリのインパクトを改めて知る。
「あとは日本といえば車と電化製品がすごい。スズキ、トヨタ、ホンダ、ヤマハ…」
「最近は中国やインドのもすごいよ」
「いや、クオリティが違うんだ」
 日本製品崇拝の強さも改めて知る。そんなプチ国際交流をしていると、時間はいつの間にかもう11時過ぎ。「今日友人のホテルオーナーの家で新年を祝うんだけど、友達連れて来いって言うから、一緒に来ない?」心の壁がさらに高くなる。「この辺の人なの?」「うん、歩いてすぐ近くにあるホテル。もし嫌でなければ、一緒に行こうよ」警戒態勢レベルCに突入した心を抱えながらも、私はバノスに着いていく。ひとえに好奇心故。途中でお菓子屋さんによってお土産を買い、本当に歩いてすぐのところにあったホテルへ。庭にプールがあって、夏に来たらさぞ楽しいだろうなと思う。
 ホテルに客は泊まっているのだろうが、それらしき影はない。こっちだよ、とバノスに通されたのがラウンジのような薄暗い広間で、テーブルの上には遊び終わったトランプや飲みかけのペットボトル、プレゼントの包みが散乱している。そんなテーブルを前に、おじさんが一人どっしりと腰をかけて無表情にテレビを見ている。「この人がオーナー。この子が友達のマイ。連れてきたよ」オーナーさんと握手を交わす。彼の第一声「予想より良かった」
 …あんた一体何を予想していたんだね… そしてバノスよ、私についてどんな説明をしていたんだね… 多少失礼ではないかと思いながら得意の半笑いでありきたりな話をする。ラウンジの天井にはTVがついていて(ギリシャではTVは天井からぶら下げるものなのだろうか?)、ギリシャ紅白歌合戦みたいな番組が流れている。そのうちによろよろと疲れきった感じのおばさんが登場。「彼女はリザだよ。私のエクスワイフだ。リザの料理はとても美味い」リザはこれで精一杯といった感じで私ににこりと微笑みかけた。聞けばこのホテルでお客さんの世話やら食事やらの仕事をしているみたいなのだが、新年を一緒に迎える仲が何で別れたんだろうな、とか思いながらそのままにしておく。自分から話題を作る人間ではないので、話が途切れるとTVをみる。
「この歌手、いくつに見える?」
「うーん、20くらいでしょうか」
「20だってさ!! この人60なんだよ」
「まじっすか!!」
 なんて話もした。ある意味実家より実家っぽい。そのうちに、オーナーが「あんた運動はするのか」と訊くので、何もしませんと言うのも恥ずかしく、歩く程度ですが、と答えた。すると、ちょっとそこに立ってみて、と言う。頭の中の、遠くのほうでサイレンが鳴り出す。言われたとおりに立ち上がると、今度は首の後ろでしっかりと手を組んで、と言い出す。バノスのほうを見ても、ニヤニヤして見ているだけだ。頭の中の警報ブザーが止まらない。さっきまで私の隣に座っていたリザはいつの間にか姿を消し、部屋にいるのは私とバノスとオーナーだけである。オーナーは私の腕の部分を抱えて、いとも簡単に私の体を持ち上げた。密航船か…?! 売られるのか?!… end of 2009 ではなくend of my lifeか…?!

オデュッセウスになりたくて:ケーキは丸くていい

 オーナーは貯金箱の中にまだお金が入っていないかどうか調べるときみたいに、持ち上げた私の体をそのまま上下に2,3回揺すった。貯金箱でない私はそんなことされたことがないので、振られるたびに「うおぅっっ!! うううぅぅぅっっ!! うぅぅぅぅー…」と声が出る。そして、私の体を床に降ろすとこう言った。「あんた健康だよ」
 …まじっすか… 
「普通の人はね、背骨の間に塩がつまっていて、揺するときしむ音がするんだ。あんたは何の音もしない。プラスチックみたいに柔らかい。アメイジングだよ」
 杞憂だった私おつ… 
 席に戻るとリザが大きなケーキを手に戻ってきた。中にコインが入っていて、切り分けたときにコインの入ってるのを食べた人はこの1年ラッキー、というあれだ。どうでもいいがこのケーキ、妙にとげの多い星型をしていて、上にはたっぷりとチョコレートがかかっている。リザがケーキの周りに巻いてある紙(日本だったらセロハンですね)を剥がそうとしているのだが、紙がしっかりとケーキにくっついている上、この妙な星型とチョコレートのせいで、ひどく難儀している。少し剥がすたびに紙がちぎれ、手がべとべとになるのだ。「このケーキまじナメとんのか」といった表情で、紙がちぎれるごとに両の手のひらを上に向け、やってらんねーという風に大きなため息をつくリザ。手伝ってあげたかったのだが、見知らぬ客が新年のイベントに手を出すのは失礼に当たらないだろうかと思って、黙って見ていた。妙な星型のケーキの異常に剥きづらい紙を、やつれ果てた表情で剥き続けているという状況が自分のツボにはまっていたというのもあるが。見かねたバノスがリザを手伝って、ケーキひと段落。彼女すごく疲れてますね、とバノスに訊くと、オーナーが代わって答える。
「息子に晩飯作ってくれってたたき起こされたんだよ。あいつには友達と遊びに行くって言うから昼間50ユーロやったんだ。普通50ユーロもあったら外で十分に食ってこれるだろう。それを女の子のいるようなところで遊んで使い果たしたんだな。それで10時に電話がかかってきて、ママ晩飯作って、だよ。9時までならまだ許す。10時では遅すぎる。リザは息子に優しいから作ってやったけど、俺は違う。息子も俺のことは怖れている。とにかく、明日はガツンと説教してやらなきゃならん。まあ、ティーンエイジャーにはよくあることだがな」
 そんなことを話していると、噂の息子が友達と登場。息子は別のホテルで修行中で、いずれはおそらくオーナーの跡継ぎになるらしい。見た感じ素直そうな青年だった。そうこうしているうちにテレビでカウントダウンが始まり、ハッピーニューイヤー。みんなで立ち上がって握手とキスを交わした(両頬に唇はあまりつけずにチュッと音を立てるあれです)。さて苦労したケーキをやっと切り分けようと、ナイフを入れる。
 コインがポロリ… 
 …… 
 リザは何事もなかったようにコインを乗せたケーキを息子の友人にあげた。いい母ちゃんだ。私も一切れもらったが、おいしいけど甘いのなんのって。これじゃいくらバノスがお茶に砂糖入れんでも意味ないよな、と心の隅で思う。バノスが一緒に飲みに行こうよと言うので(正直に言うと割ともう帰りたかったが)オーナーさんも連れて街の洒落たバーのようなところに入る。ソファと普通の椅子で低いテーブルを囲む感じの席だったんですけどね、どういうわけか一つのソファにオーナー、私、バノスの順番で並ぶようにして座らされる。この座り方はおかしいと感じながらビールを飲む。3人して正面向いて黙っている。どうせならバノスが真ん中に座ったらよかったのにと思った。右側から私に話しかけるバノス。ふと気づくと、オーナーさんに物凄い凝視されていた。「あんたスフィンクスみたいだ」
 …どうやら話しているとき以外は全く無表情に前を見つめる私のことを言っているらしい。「いや、何も難しいことは考えてないんですけど、これが普通で… 典型的な日本人なんです」と言うと、そうなんだよな日本人はそうなんだ、という感じで納得したっぽい。何も言わなければいつまでたってもこのまま座り続けるのだろうと判断し、バノスに、疲れたから悪いけどもう帰る、と告げると、ホテルまで送ってくれた。バノスのおかげで本当に楽しい新年が送れたよ、また会おうね、といって別れ、ホテルの中に入ろうとする。
 …鍵がかかっている。2010年最初の試練やいかに。

オデュッセウスになりたくて:オデュッセウス、締め出される

 ホテルの鍵が開かない。部屋の鍵ではない。ホテルそのものに入れないのだ。部屋の鍵にはもう一つ鍵がついているから、それがホテルの入り口用なのだろうと分かってはいた。鍵口に差し込んで、かちりと回す。開錠された音がする。でもドアは開かない。何度カチカチ鳴らして鍵を回しても、ロックの外れた音はするのにドアが開かない。ドアノブは回らない。壁にインターホンでもついてないかときょろきょろしてみたけど、見当たらない。多少控えめにノックしてみたが、ドアの窓ガラスの向こうには誰もいない。隣のホテルを覗いてみても中は真っ暗で、人のいる気配がない。新年祝って飲んで帰ってきておそらくもう午前1時をまわっている。夫婦で経営しているホテルなので、もう二人とも寝ているのだろう。バノス、今こそ助けてくれ、と心の中で叫ぶが、周囲は真っ暗である。通り過ぎる人もいない。たまに車が猛スピードで走り去っていく。さっきまで飲んでた店の場所もはっきりと覚えていない。戻るにはあまりに危険であるし、戻ったところでバノスがまだ飲んでる保証もない。今ここで変な人につかまったら、車に引きずり込まれて拉致されてアフリカまで売り飛ばされたら、と思うと気が気でない。
 これは…逆脱出系だ… 
 と心に余裕もないのに妙なところに気づく自分が多少めんどくさい。落ち着いてよく考えよう。鍵をいくら回しても開かないのはわかった。でも、鍵が壊れているのではない。かちりかちりと施錠音がするのだから。ロックをはずした上で、何かする必要があるのだ。ドアに身を寄せながら、鍵を回しながらドアを押したり引いたり、試行錯誤は10分以上は続いたと思う。体感時間ではもう30分は超えているが。鍵をかなり強めに回すと、開錠された音のあと、バネの戻る手ごたえとともに、あっけなくドアが開いた。2010年でおそらく一番ほっとした瞬間。普通ドアノブを回すとバネで出たり入ったりするあの斜め色の金属部分の下に、ロックするための鍵部分がありますよね。あの二つが連結していたのだ。ロックを解除した上で、鍵を同じ方向に強く回すと、バネの金属部分が引っ込むのだ。いやー一時はホテルの前で誰にも見つからないように野宿or徹夜まで考えましたからね。疲れ果てて部屋に戻り、大変だった一日のことを書き留めて寝る。

<1月1日 深夜ホテルの部屋で書いた日記> 
 Two adventures in one day. 友人はバノスさんでした。ホテルオーナーがディミティスで、エクスワイフがリザ。どこまでも危機意識が強い私はバノスに連れられてどこへ行っても、どこを通っても殺されるのではないか、end of the yearではなくend of my lifeなのではないかと身を固くしていた。歓待されていたのにね。ホテルの鍵あけるのに10分ほどかかる。ほんとよく開いたね。2010年の運を使い果たしてしまったのではないかと思った。Good luck to me. リアル逆脱出系だった。波音を聞きながら格闘する。かちりと鍵を回した後で、同じ方向へ少し強く回すとドアのキーの上にあるバネ部分が開くのだ。

<1月1日夜 ホテルの部屋で書いた日記>
 今朝は大層風が強かった。波も荒い。元旦は何もせず、海を見たりしていた。色々と嫌な夢を見る。眠りが浅いのか。汽笛で目が覚める。シャワーカーテンのないシャワーに思い切って入ってみた。めためたになりましたよ。周りが。ちなみに元旦の第一声は「セロトハルティイギアス(トイレットペーパーください)」。すごく長く寝てるのになんだかいつまでも眠い。

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<2日 カフェで書いた日記>
 グリークサラダは食べると言うより制覇した。オリーブが巨峰みたいにでかくておいしい。エーゲ海の水はすぐ乾く。打ち寄せる波には少しだけ茶を混ぜる。浜辺の砂を含んでいるので。青すぎる海はなぜか自然すぎて、むしろ何とも思わない。絶え間ない波の音に汽笛が答える。アフェア神殿からアギア・マリナまで歩いたせいで、尻から足にかけてまだ筋肉痛。遠くを見晴らすとキリストのように海の上を歩いて行けそうにも思える。

オデュッセウスになりたくて:オデュッセウス、寒がる

1月3~4日 
 エギナ島最後の夜にフタポジ(蛸)の焼いたのを食べた。美味しかったのだが10ユーロぼられる。翌朝チェックアウトしようとしたら、ホテルのおかみさんが泊まった泊数ではなく日数で数えやがって、30ユーロぼられる。ご主人は英語話せるのだが、この人は話せない。このホテルでご主人の姿は見たことがない。電話で予約したときに話しただけだ。抗議してもよかったのだが、何だかめんどくさくて言われたとおり払う。

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 船でピレウス港へ戻り、エギナ島へ行くとき船のチケットを買ったチケット屋さんへ。もしかしたらここに地球の歩き方を忘れてきたのかもしれないと思っていたのだ。ここじゃないかもしれないし、ここだとしても捨てられてるだろうなと思いつつ、一か八か訊いてみたら…
 なんとあったのです。カウンターのお姉さんが「ああ、あの中国語のやつ?」と言って奥から私の歩き方を持ってきた。多分2010年最初で最後の奇跡だ。ピレウス港で年を越した歩き方とともに、クレタ島行きの船を待つ。…待つこと10時間。船が夜11時の出港だったのだ。ピレウス港に着いたのが昼だったので、その辺を散策しながら待っていようと思い、とりあえず大きな荷物を預けに地下鉄の駅を探す。が、歩き方に載ってる地図を見ながら同じ道3回往復しても見つからない。へとへとになって、なんとなく人の集まっている方向へ流れていったら、地図とは大分かけ離れた場所にあった。
 …お前、いつの間にギリシャ仕様に… やっぱりいらんかもしらん…
 個人用の船が多く停泊しているゼア港というオールドハーバーがいい雰囲気だった。町を歩いていたら日曜だったせいか、トルコ系の人々の開いている巨大なバザールに巻き込まれる。すごい熱気。思わず内容も分からずに2ユーロのギリシャっぽそうなCDを買ってしまった。

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<3日 船待ちの間に書いた日記>
エギナ島でフタポジ(蛸)代をぼられ、ピレウスにもどって何とか歩き方が見つかる。立ち寄ったカフェの兄ちゃんがやたらフレンドリーに話しかけてくる。メトロの駅が分からずに同じ道を3往復くらいする。地図とは全然違う場所にあったよ。そしてあと5時間どう潰せばいいか。バザールがすごかったです。トルコ系の人々の商魂と言うか。あのくらいの大声を出さなあきまへんよ。時間があるのでゼア港にも行った。道の名前が全然あってないのか、私が読み違えているのか、とにかく地図が当てにならん。辿り着いたゼア港は大変美しかった。ギリシャ語のハッピーニューイヤーがカリフォルニアみたいに聞こえる。魚市場は日曜のせいか午後だったせいか年始のせいかどこも閉まっていた。1日が長いなあ。どう考えても宿代もおかしいよな。なかなかうまくいっているような、いっていないような。

1月3日 船の中で出航待ちの間
 船に乗るまでが寒すぎて死ぬかと思った。船がすごい立派だ。心なしか乗り込んだ今もまだ寒い。駅のトイレに普通の紙ナフキンをつい流してしまったので、心の中で謝っています。クリスマスソングが流れっぱなしなんだが、本当にイースターまで続くのか? プールとかディスコとか色んな施設があるんですが、そうでもしないとやっていられないよと言うことを暗示しているのではないかと思うと今から具合が悪くなる思いだ。ああまだ寒い。セロナカノバーニョ(風呂に入りたい)。荷物預けて身軽になったのはいいが、ネロ(水)を忘れました。出港まであと2時間近くあります。京都の家の風呂に入りたい。うち(ムサコ)だと寒いので(笑)。

1月4日 クレタ島 港近くのカフェで街が動き始めるのを待ちながら。
 オデュッセウスは航海が順調なのを確認するとぐっすりと眠り込みました。そこそこ揺れたけど、大型船で良かったという感じだ。朝の6時前に起こされたが、まだ夜が明けていない。人が動き始めるまでここで待つことはできるだろうか。左のおっさんは何でずっと立ちっぱなしなんだろう。うっかりすると寝てしまいそうだ。変な寝方をしたから首と肩が痛い。船の中のインターネット遅すぎ。使わなければよかった。船が動き始めると頭の中で脳内艦長と船員が話し始めた。船の揺れに動揺する艦長を落ち着ける船員。
「船員! 船員! 相当揺れているぞ!」
「艦長落ち着いてください! トラベルミンがもうすぐ効いてくる頃です! どうか落ち着いてください!」
「外の様子はどうだ?」
「艦長! 異常に寒いであります! 吹きっさらしであります!」
「確かに寒い! しかし我々は航海の様子を見守らねばならぬ!」
「というより中のデッキ席が既に満席で我々には居場所がありません!」
「我々はここで眠るのだ!」
 しばらくうとうとと眠っていたが、寒さで起きる。もう一度寝ようとしても、何だか足がむずむずするような感じがして眠れない。
「…船員! 航海が順調であるのはもう分かった。とりあえず中に入ろう」
「しかし航海の様子は…」
「うるさい! バカ! マストに縛り上げるぞ! 航海は順調だ!」
 どうでもいいがお金のことばかり心配している。しかしあんなデッキでよく寝袋あっても寝られるよね(青天井の船の上で、寝袋に包まれて寝てる人がいたのです)。

 あっけなく日が昇り、目星をつけておいたホテルを探す。…が、ついてみたらクローズド。ドアの向こうのフロアに散乱しているチラシを見るに、一日や二日の休みではなさそうだ。
 歩き方… 通年オープン言うたやん… 
 さらに目星をつけておいた第二候補のホテルへ。第一候補より5ユーロ高くて、バストイレ別だけど、まあしゃあないか、と思って鍵を受け取り、部屋へ行こうとしたら、受付をしてくれたオーナーさんが「あ、ちょっと、やっぱり待って」という。「やっぱ同じ値段でバストイレつきの部屋でいいわ」…適当ですな。その日は船の中であまり眠れなかったのを補うようにして1日部屋で休んだ。

オデュッセウスになりたくて:オデュッセウス、道に迷いすぎ

1月5日
 バスでクノッソス宮殿へ。思っていたより小さくて、さくさく探検。小さいというのは面積が、ということで、宮殿自体は何階にも分かれていたらしいので、使われていた数千年前にはまさに迷宮だったのだろうと想像する。その時の名残か、沢山ある階段を昇ったり降りたりした。街に戻って、市場の中にあるスーパーで食費を浮かすためパンとオリーブペーストを買う。

クノッソス宮殿訪問後、街のカフェで書いた日記>
 クノッソス宮殿は王女の間のイルカの絵が可愛かった。こんな宮殿の中でなら迷ってもみたい。外のカフェで寄ってきた猫と一緒にピザパンを食べる。首と肩に始終何かを掛けているせいか頭と肩が痛い。水が常に50セントくらいなのがすごい。雨がほとんど降らないから、日本より貴重なのはずなのに日本より安いのはどうしてだろう。ドミノピザとスタバを見てほっとする。

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 逃げようとしてここまできたのに、新しい顔に出会うたびにむしろ蘇ることばかりでどうしようもない。

1月6日 夜、ホテルで。

 インターネットを使いたかったので街のはずれにあるネットカフェを探す。地図は全く当てにならず、相変わらず道に迷い、住宅地の細い路地を彷徨う。誘われるようにして聖ミナス教会の前へ辿り着く。鐘のなる方角へ歩いていったのは確かだが。街で一番でかい教会。人も多い。周りに人々の服装をチェックしていたら、ジーンズやズボン履いてる女の人もいたので、ドサクサに紛れて中に入る。ステンドグラスはパステル調が多い。ステンドグラスよりも、壁と言う壁から天井を隙間なく埋め尽くすイコンがすごかった。イコンの顔はあれですね、この地方の人の顔に似てますね。ゲルマン系とはやはり違う。少しTurkishな。教会を出ると、諦めて市街地中心を目指し(だって歩き方の地図の道が、道端に立ってる案内板の地図と全然違うのだ)別のネットカフェを探したがこれも見当たらず、もうネットいいやと諦めてよろよろ歩いていたら探していた道の名前にぶつかる。人間の意志がかくも達成し難い街… すべては神の御心と気まぐれに委ねられている。船の上でのこともあって(補足:確か船の中にもパソコンがあったのですが、全く使えなかったんだと思います(笑))、ネットカフェのパソコンは全然使えねーだろうなと思っていたら、うちのよりもさくさく動くPCで、日本語も読めた。1時間ほど遊んだ後、広場で見かけたクレープ屋さんが気になって、クレープを食べに行く。見かけていたところはなんだか狭かったので、別のところで食べた。クレペメパゴト(クレープアンドアイス)。この寒いのにアイス。選択肢がなかったので。チョコソースがあのヘーゼルナッツ味の私の大好きなヌテラ風だ。非常に美味しかったが例によって欲していたのは頭だけで胃が重くて後半ちょっときつかった。とにかく一日中風が強くて、20度くらいはあるのだがとても寒い。カラマリが食べたい。食欲ばかりだ。そういえば道に迷って途中街を囲む城壁の外に出てしまった。聞いてないよと思う。けど外には考古学博物館があって、でも祝日だから閉まっていた。そろそろ日本が相当恋しい。あんなにハードな日々なのに。買ったオリーブペーストは美味いんだが、バターがほしいです。迂闊でした。

1月7日 考古学博物館見学後
 考古学博物館を見に行く。だから道に迷いすぎだってば。何度も同じゴミが同じ配置で落ちているもの。疲れたけど何とか博物館には辿り着けた。全くアピールしてないから分からなかった。昨日の夜はあまり眠れず。夜に飲んだ紅茶のせいか。毎日風が強い。明日アテネに戻るための船の切符を買ったんだが、どうして29ユーロなんだ? どうして行きのより8ユーロも安いんだ? ギリシャ人の話す英語の、Rが全部ルになるのはたぶん伸ばす音がギリシャ語にないから?

1月7日 夜タベルナで食事後
 どうしてもカラマリ(イカ)が食べたくて、シーフードが売りのタベルナへ行く。物凄く混んでますが何か。評判の食堂。どうも魚屋と縁がない? お魚好きですよ。どうでもいいがトレーナーとスウェットパンツで来てしまいました。明日11時の船でピレウスにもどります。食費浮かすためにパンとオリーブを買ったはずなのだが… 食欲に負けました。足りなくなったらいずれまた銀行でおろします。食べ物の量は全体的に半分でいいやね。イカはすごく美味しかったが、食べ切れなかった… 

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1月8日 ピレウス港行きの船上で
 既に乗船してますよ。ホテルの主人は明朗会計でよかった。どうでもいいが今乗ってる船のクルーがどう見ても行きに乗った船の人たちと同じなんだが。人手不足? 出港のたびにどきどきする。親子連れはどれも微笑ましい。いろんな顔がある。テレビでギリシャ版3分クッキングみたいなのをやっている。

オデュッセウスになりたくて:家に帰るまでが遠足です

1月9日 アテネ パルテノン神殿見学後、カフェで
 カメラがバッテリーもメモリーもない。せめて昨晩充電しておけばよかった。ホテルネフェリは朝食込みで1泊40ユーロだが、おそらく銀行でおろさなくても明日まで間に合う。隣の部屋の人達が日本人の男の子だ。ホテルの朝食はあっさりとしていた。ジャムが美味しかったのだが、何のジャムなのかが分からない。Mythos(ギリシャ地ビール)飲んでます。トイレに行きたくてカフェに入ったのに、ビールなんて飲んだらまたトイレ行きたなるやん。パルテノン神殿は修復中だったのだが、ありゃおそらく永遠に修復中。隣にあるエレクティオン神殿が美しい。雄と雌のようで、しかも世紀を超えて向かい合ったまま、微動だにしない。見つめ続けるエレクティオン。美しい。大理石は固いスポンジのようです。昨日の晩はなんだか具合が悪くてすぐ寝た。腹がやばいかもしれない。せめて日本に帰るまでひどいことにならなければいい。アテネはさすがにアジア人が多いですね。

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1月10日 トランジットのため再びイギリスへ向かう機内で
 昨日がアテネの最終日。観光名所が冬季はどこも3時に閉まるから、古代アゴラなどは見れなかった。途中で食ったスズキ(ピタパンとソーセージ)がしょっぱいのなんのって。具合悪くなるくらいしょっぱかったが、老舗のタベルナらしい。ご信託のようにオーダーを叫ぶオールドボーイ。お土産も沢山買いました。夜は誰かの咳の音(たぶん吐いてる)と蚊の音で目が覚めた。頭まで毛布かぶってるのにどうして蚊の音が聞こえるんだろう? キャリーバックの様子が何だかおかしいので、よく見たらタイヤに釣り糸のようなものがきつく絡まっていた。道理で重いよ。多分クレタ島で挟まったのだ。アリアドネの糸か。空港に向かう道中、刃物がないのでポケットに入っていた家の鍵を駆使して糸を除去。電車の中でも、世界の車窓からみたいな状況の中でカートのタイヤと格闘する変なアジア人が一人で、なかなか笑えた。

「チャラッチャチャーチャチャーチャチャー チャーチャー … 
 シンタグマ広場から空港へと向かう車内。これから旅立つ人達が、アテネ郊外の風景に思いを巡らせています。 …おや? この人はカバンが壊れたのでしょうか。家の鍵でタイヤに絡んだ糸を取ろうとしてますね。誰か手伝ってよ、と言いたげな顔ですが、残念、無視されています。一人で頑張ってください。…」

 色々と計算したが、明日の朝、大英博物館は見られない。10時開館なので。日本行きの飛行機は12時35分発。空港からのアクセスが悪いのに懲りたのでピカデリー線のアールズコート付近に泊まり、チェルシーにワイルドの住んでいた家があるのでそれを今晩見に行って朝は空港へ直行か。イギリスがちょっと憂鬱です。イギリス―日本―NEX―中央線はもっと憂鬱。とてもお腹がすいていたので機内食はぺろりと平らげたのですが、胃がそろそろマイルドなサムシングを…と言っております。脳は美味しいと感じているけれど。

 イギリス到着。ホテルで酒飲みながら。
 やはり6年前の歩き方では駄目ですね(地球の歩き方のイギリス版は昔使ったのを持参していた)。目星をつけていたホテルがなく、気温は1度で雨が降っていたため、どこでもいいやと思って飛び込んだ。ホテル街だったのだ(なんていう名前だろうこのホテル)。表にVacancyのランプがついていたので。フロントの兄ちゃんの言っていることが相変わらず聞き取れなくて、British Englishは難しいと言ったら、British Englishなるものは存在しない、なぜならBritainはScotとWalesとEnglandに分かれていて、それぞれの英語が違うから、と説教をされる。イギリスは初めてかと聞くので、昔アイルランドに行ったときイギリスにちょっと寄ったと言ったら、俺はIrishだと言う。道理で聞き取れねーよ!! 明日の12時に発つと言ったら2時間前には出なければならない、オンラインチェックインはしたかと訊くので私のチケットはオンラインチェックインができないのだと言ったらそんなはずはない、もう一度やってみろ、と説教される。私のはBAから直接買ったチケットじゃないし安いチケットだからオンラインチェックインは無理なんだといくら言っても、俺のも安いチケットだったけどできた、BAだったら誰でもできるはずだからやってみろといってきかないので、I’ll try againと言っておく。(追記:この後このお兄さんとは映画The Commitmentsがいいという話で盛り上がり、「あの曲がいいんだよ…ほら、あの曲が…」と向こうがメロディを口ずさみながらなんとか思い出そうとしているのを待っていたら、「あ、やっぱり同じ料金でバス・トイレ付きの部屋にしてあげるわ」と鍵を渡され、鍵を渡した後もずっと何の曲だったか考えていたようでした(笑))

1月11日 ヒースロー空港
 昨晩はサイダー飲んで酔っ払ってましたが何か。ホテルに荷物を置いて、不安ではあったが大急ぎで自然史博物館とヴィクトリア&アルバータミュージアムの外観、ワイルドの住んでいた家を見に行く。小雨だし夜だしで道に迷う自身は満々だったが、ギリシャとは違って道の名前がそうそう違ったりしないので、それほど迷わず見れた。迷っちゃいないけど暗いし人通り少ないし、寒いし雨だし怖いから、すごい早足で歩いた。ワイルドの家は本当に「ここがオスカーワイルドの住んでた家」と書いてあるだけでした。ホテルの朝ごはんのトーストがやけにおいしかった。イギリスは乳製品が美味い。テーブルの上にたっぷりと用意されたミルクが見るからにおいしそうだったので、残ったコーヒーにどぼどぼと入れてみたらやはりおいしかった。どうでもいいが、トーストを取りに行こうとしたら丁度いいタイミングでベルトコンベアー式トースターからトーストが2枚出てきたのが謎。自分でパンを取って自分でトーストするタイプのトースターなのに。2回取りに行って2回とも。誰かのを取ったのか、誰かがとりあえず入れたのか。誰かが私のために? 私をからかって入れたのか。人がトーストしたパンを食べたのは確かだ。あとオレンジジュースもおいしかった。

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1月12日 日本行きの機内で
 トイレの近い自分であるのでどちらかと言うと通路側がいいんだが。残念ながら両隣を挟まれて座る。隣の人が明らかに日本語を勉強している。英語で話しかけてみたら困ったような顔をする。もしかして、と思ってフランス人かと聞いてみたらそうだという。日本語で話しかけてもほとんど通じない。日本語も英語も無理で日本に行くってすげーな。いろんな意味でさすがフランス人だ。ゆっくり、簡単な英語と日本語で色々訊いてみたら、フランスのホテルのシェフの人で、取引先の日本人のところに遊びに行くらしい。東京と、京都と熱海に行くといっていた。名刺もらったけど1st chefって書いてあったからすごい人なのだろうか。ホテルは資生堂の系列らしい。英語を喋れる日本人は多いけど、フランス語を喋れる日本人は少ないので、大変な旅になると思いますよ、と言ったら、半笑いを返された。余計なお世話だっただろうか。さて成田まで11時間。ワイン飲んで寝るしかないか。一日を半日で終えるのだ。家に帰るまでが遠足です。