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雑記

近松秋江『黒髪/別れたる妻に送る手紙』講談社文芸文庫 1997年

近松秋江『黒髪/別れたる妻に送る手紙』講談社文芸文庫 1997年

 

 おそらく古本市で買った。講談社文芸文庫が安く買えたので、中身はあまり気にしなかった。近松秋江という名をずっと空見していて、近江秋江(おうみあきえ)という女性の作家だと思ってた。平成8年の中央公論の特集「二十世紀日本文学の誕生 中央公論文芸欄の100年」の中に挙げられた24名の作家の中に、近松の名前もあったらしいが、私はまるで聞いたことがなかった。

 これはいい意味でひどい。現代で言えば、ストーカーやキャバクラのクソ客が主人公の小説集。傍から見れば面白いが、絶対に関わりになりたくないタイプの主人公だ。大体タイトルからしてやばい。「別れたる妻」に手紙を送るなよ。

『黒髪』は身請けするつもりで金をつぎ込んだ京都の遊女に何やかやと面会を躱される話。いかにも京都らしい、ぐっとくる結末。『別れたる妻に送る手紙』では、タイトルからしてどんな殊勝なことが書いてあるかと思いきや、妻がいないことの虚しさから買いに行った私娼に惚れるが、その女が何度も嘘をつき、ままならないし金もないというどうしようもない話。『疑惑』では、間貸ししていた学生と逃げた妻が昔日光に二人で泊りの旅行に行ったらしいという情報を得て日光に行き、証拠をつかんでやはり二人は昔からできていたのだと確信し、学生が家にいた当時のことを回想する話だ。どの作品も読んでて何度も「…お兄さん、嫌がられてますよ…」と横から声をかけたくなる。女の気持ちが全く分かっていない。

 近松秋江(ちかまつしゅうこう)は明治9年(1876年)生まれ。昭和19年(1944年)没。近松という筆名は尊敬する近松門左衛門から取ったもの。秋が好きだから秋江。友人には正宗白鳥がいる。正宗は小説の中で出版社に勤めている嫌味な友人のモデルになっている。本書には近松の次女徳田道子氏による「著者に代わって読者へ 或る男の変身」という文章と、勝又浩氏による解説、柳沢孝子氏による作家案内が収録されているが、それらによると一応小説という形で書かれてはいるが、限りなく事実に近いらしい。近松の生涯や残された資料から推測される彼の行動と、小説の内容がほとんど同じなのだ。その経緯は『雪の日』→『別れたる妻に送る手紙』→『執着』→『疑惑』→『愛着の名残り』→『うつり香』、『黒髪』→『狂乱』→『霜凍る宵』という二つの連作群によって全貌が明らかにされる。

 この二つの連作群から一連の「事件」をざっと説明すると、京都の遊女に惚れて大金をつぎ込み、逃げられる。それを追う。内縁の妻と共に暮らすが貧しくて、学生に部屋の間貸しをしていたら、妻とその学生が関係を持つようになり、家を出ていってしまう。それを追う。二人は近所に住んでいたのでそこに足繁く通うようになったら、今度は二人が学生の実家へ身を隠してしまう。それも追う。見つけ出して問い詰める。妻は別の男の妾になっているというので、その男の家に行き、男の妻にそのことをばらし、大変な顰蹙を買うが、本人は満足している。…正直、やりすぎだ。追うな。しかも妻といっても内縁なのだ。主人公である亭主が籍を入れたがらないのだという。彼曰く「そんなことは何時だって半紙に字を書いて判を捺しさえすれば済む。そんなことで心を繋いだり切ったりする足にはなりゃしない」(『疑惑』)とのこと。

 このような内容ゆえに彼は「情痴作家」(!)と呼ばれ、彼の愛読者である平野謙氏には主人公の行動を「犬糞的」(!)と呼ばれ、『遊蕩文学の撲滅』論を書いた(いつの時代にもこういう人はいますね)同時代の批評家赤木桁平には「「足下の小説は生命に対する何ら根本的な反省も苦悶も持たない人間の低劣な本能生活と、この本能生活に纏絡するする安価な感傷と懊悩とを」「陳腐な、俗悪な、鵺的技巧と粉飾を持つてした」作品であって、「無価値で、無意義で、かつ有害至極である」」(解説より)とこれでもかと言わんばかりに断罪されている。

 正宗白鳥は彼の友人だったが彼を嫌っていた。「話をすれば面白いが、人間としては嫌いだった。無責任だし、あいつとは事を共にすべきじゃないと思っていた。けれども、書いたものはいいですよ」(解説より)。近松は仕事が全くできず、責任感もなく、しかもそれを悪く思うような素振りは全く見せなかったらしい。その巻き添えを食ったのが一時同じ職場で働いていた正宗で、近松のせいで人間が嫌いになったとまで言っているが、一方で彼をモデルにした小説『流浪の人(近松秋江)』を書いたり、人間のうちで近松の人となりだけは分かっているなどと語ったり、近松の葬儀の際、葬儀委員長を務めたりしていることから、まあ絶縁するほど嫌いではなかったのだろうと推測される。

 近松の、そして彼の作品の主人公の唯一のとりえがあると言えば、この人は他人を信じすぎる(とりえと言えるだろうか…)、そして偽善者ではない、というところか。他人を信じすぎる、というか、愛する人を疑うことにためらいがある。『疑惑』の中でも何度も学生と妻が微妙な雰囲気になっている場面を主人公は目にしているのだ。後になってなぜその時それを疑わなかったのかと逆に妻に問い詰められるのだが、主人公は「幾度か疑えば疑わねばならぬ場合があったのを、お前を信じ、お前を庇う心持が始終自分の心に纏綿としていたものだから、強いて疑うことをなし得なかったのだ。疑うのがお前を汚すような心持がしたから、疑うのが厭であったのだ」(『疑惑』)と言う。疑ったら汚れてしまうと思うほどに、彼は愛する人と、自分と相手との関係とをピュアなものだと信じ込んでしまっている。素晴らしい愛、と言えなくもないが(相手もそれに応えてくれるような、結婚生活のような安定した関係では本当に素晴らしいことだろう)、まだ恋愛関係の状態ならば思い込みが激しすぎるし、これって人間を描く作家としては致命的ではなかろうか… 偽善者ではない、というのは、彼が意外なことに田山花袋の書いたような自然主義文学に批判的であったことから窺い知れる。自然主義文学は人間のありのままの姿、人に見せたくないエゴイズムや自分で直視したくない本能などを余すところなく表現するものだが、作家と作品との間には看過しがたい溝がある。「自然主義文学者たちが自己の、人間の負性を描きながら、しかし書いている自身の正義と知的優越とは少しも疑わなかったのは、明治の知識人としてはごく自然なことであっただろう。しかしそのために「文学者」としては一つの矛盾を見せる事となった。世間からの脱落者、余計者を標榜する人が、同時に奇妙なエリート意識から自由でなかったのだ。そこには意識無意識のうちに、文学芸術は俗人の窺い得ぬ神聖な職務だという矜持が働いていたのであろう」(解説より)。しかし近松にはこのような矛盾はない。そもそも彼は『疑惑』の中でこう言っている。「勉強するのが何だ? 勉強ということは西洋人の書いた小説を読んだり、自分でも小説を書いたりすることだろうか。それが其様なに高尚な職業だろうか。私には、それよりもお前の行先を捜すことが、生きて行かねばならぬことの唯一の理由である」(『疑惑』)。彼は文学によって自分の生が救済されるなどとは微塵も考えておらず、自然主義文学者のように、駄目で、どうしようもない人間、気持ち悪ささえ感じさせる私小説を書いておきながら、他方で立派な「文学者」という自己認識を持っていたのでもなく、書いているものにも、書いている自分にも嘘をつけなかった。愛していると思ったらどこまでも追いかけることしかできず、恋愛も社会生活もどうにもならない自分を偽ることもできなかった。自分を偉い人間とは少しも思っていない。

 さらに近松自然主義文学を批判して、自分のプライベートを公にして飯を食うことなど耐えられないとも言っている。その「耐えられないこと」を敢えてして「小説家としての地位を確立した」(作者案内)のは非常に皮肉なことだが、なぜ自身の否定しているような作品を書くに至ったのだろう。ネタに尽きたのか、逃げた女たちへの恨みを、自分の不幸の耐え難い苦しみを吐き出さずにはいられなかったのか、それとも単に貧しさのためか。

 創価女子短大の板坂元教授は、ハーバードで日本の近代小説の授業をするときには近松の小説を使うのが便利だったという。海外の学生に日本文学の特色の一つである「嫉妬」とは何かを理解させるのにふさわしかったらしい。興味深い話だ。自分の持っていないもの、自分が喉から手が出るほど欲しているものを他人が易々と手に入れているのを見て覚える感情は、jealousyとは違うのだろうか。それとも日本文学で描かれる嫉妬と海外の文学で描かれる嫉妬とは違うのだろうか。

 ちなみに近松の次女である徳田氏によると、妻に去られた後の近松はマッサージ師の女性と結婚し、子供をもうけ、大変いい父親になったそうな。現代のストーカーもキャバ嬢を悩ませるクソ客も、いい女性と結婚して子供でも出来たら、もしかしたらいいお父さんになる、かもしれない。

トマト君はクソ

 久々に腹を立てている。mixiでメッセージをやり取りしたニックネームトマト君と、そいつとやり取りしていた自分自身に腹を立てている。あるコミュニティへの私の書き込みを見て、そいつが私にメッセージを送ってきたんですよ。「自分は外資系IT企業で営業をやってるサラリーマンです。映画と読書が好きで今日は出張で京都に行きます。お酒は好きですか? どのへんで飲みますか? 良かったらお話ししませんか?」って。で、私も映画と読書が好きな人なら話せる人かもな、と思って、酒は好きで三条か四条辺りで飲みますとか、今は翻訳の勉強してますとか、自分のことも訊かれた範囲内で話しつつメッセージやり取りしてたわけですよ。そこまでは全然問題なかった。で、最初に京都に出張で行く、っていうのと、お話ししませんか、っていうくだりがあったのと、頻繁にどこで飲むのかとか一人で酒を飲むのかとか今日はどうするつもりなのかとかって訊いてくるから、あ、この人もし互いに都合がよければ一緒に飲んでみたいんだ今日、って感づくじゃないですか。でも、いつまでたっても直接飲みに行こうとは言ってこない。もし誘って一緒に飲んで面白くなかったりしたら責任取るの怖いんだな、と思って、水を向けてみたんですよ。今日は飲みに行こうかな、とか、いま○○ってところで飲んでます、とか。それでもかかってこないから、今どっかで飲んでますか? って直接訊いてみたの。そしたらやっと、近くで合流しましょうって話になって、じゃあ××っていう立ち飲み屋でって話になったの。私は行きましたよ普通に。「カーキ色のスカートにデニムのジャケットを着た太った女が入ってきたら声をかけてください」って事前に伝えて。で、店の前まで来たらなんか人待ち顔の小太りの兄ちゃんが携帯見ながら立っている。もしかしたら…? と思いつつも店の中に入る。で、改めて携帯見たら、「店の外で待ってます」って連絡が入ってたの。「えっ私もう中に入りましたよ」って伝えたら、「ごめん、ホテル出たんだけどお客さんから連絡があって今日中に資料出さなくてはいけなくなり、仕事します。申し訳ない」って言うのよ。

 あんた、今いたじゃんwww ちらっと目合って品定めしてたじゃん。私は店入っちゃったから酒とつまみオーダーするしかないよね。その分の金払えよ、って何か自分が悪質なデリヘル嬢になったみたいな気分になる。

 つまりですね、言いたいのは、どんな綺麗事言ってもデブとブスが駄目ならその辺を事前にちゃんと知らせるなり確認するなりしておけと思うのだ。そんな赤子でもわかるような嘘つかれてすごく不愉快だわ。「当方デブまたはブスはお断りしておりますごめんなさい」って最初から言ってくれればこっちだって会ってみようという気にはならなかったよ。それが言えないならよくあるパターンの、芸能人では誰に似てるとか、体形はどんな感じとか、会う前に訊きゃいいのに、それができないけど規格外を許せないってことは、外見を気にしている奴って思いたくないし思われたくない、「なんちゃって性格だけ二枚目」なんだよな。

 それが一番腹立つ。

 そしてそれを見抜けなかった自分に腹が立つ。ニックネームトマト君からしてまず察しろよ。やたら立ち飲み屋ばかり進めてくるところからもこすい根性が見え隠れしているだろう。そんな奴に水なんか向ける必要などはなからなかったのだ。臆病なガキにかまってやる必要などなかったのだ。ていうか今頃mixi使っていること自体が終わっている。私も含めて。

 実は見た目でブッチされたことは前にもある。以前、二十代の後半頃に、金に困って自分の下着を売ったことがあって、渋谷には使用済みの下着を古物商として買ってくれる店があったんですが、そこで二、三回世話になった。下着を差し出すだけではなく、脱いでるところを写真にとられて(ちゃんとこの人が履いてましたよ、って証拠に)五千円ももらえなかったから、私の容姿の偏差値はものすごく低いことが分かる。で、そういう店を通さないで個人相手に一度売ろうとしたことがあったんだけど、最初新宿の南口で待ち合わせで、着いたらすぐに待ち合わせ場所変更されて、っていうのを三回くらいやった後に連絡が取れなくなった。あれは直接私と対面せずに、今下着を売ろうとしている女がどんな女かどこかから品定めされてたんですね。こすいガキが。美女がてめえ相手に下着など売るはずなかろうが。電車賃返せや。ブスで足切りしたいなら、事前に告知しろ。こっちは金に困ってたんだ「でも私の下着なんて誰も買うはずない……」なんて殊勝なこと考えねえからな。

 で、話は逸れたけれども、入りたくもない店に入らされて非常に不愉快だった私は別の店で飲みなおした。初めてあの「電気ブラン」を飲んだ。なんというか、雑多なものがはじけるような味。昔のキャバレーのネオンみたいな。あの味は京都よりも東京によく似合う。電気ブランオンザロックで飲みながら、もう二度とmixiからのメッセージには構うまい、と決意を新たにしたのだった。そしてトマト君はクソ、そいつに翻弄される私もクソ。

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No Smoking, Please.

 九月の京都にしてはそれほど暑くない日が続いている。夏っていえば九月まで続くイメージだったんだが。体が慣れたのか。東京はもっと涼しいのだろう。

 主に本を読んだり個人的な翻訳をしていたりするのだが、家だと落ち着かない。喫茶店ばかり入るのももったいないので、大学の付属図書館で卒業生カードなるものを作った。そんなものが作れるなんて知らなかった。これで(ちょっと遠いけど)心置きなく図書館で作業できる、と思ったら、近くにたばこを吸える場所がない。昔は(十年位前までは)タバコの吸い殻なんてどこにでも落ちてたし、誰かの置いた灰皿用の空き缶が大学構内に多々あったのに… 構内全面禁煙なのか? と思うくらい、たばこの影がない。吸ってる人も見かけない。今まだ夏休みだから? どうしようせっかく卒業生カード作ってもらったのに。ついでに言うと、近くにたばこの吸える喫茶店もすごく少なくなった。タバコ吸えるファミレスは冷房きつすぎるし。何なの嫌がらせ? そんなに禁煙禁煙うるさいんだったら、もういっそタバコ売らないほうがいいと思うんだけど。これ以上寿命伸ばしてどうしたいの? みんなタバコ関係ない何かしらの原因で早く死んだらいいね(乱暴)。というのは言い過ぎにしても、図書館の近くでいかにタバコを吸うかについては本当に悩んでいる。

 今読んでるのは『幽霊』っていう八七分署シリーズのミステリー。薄いくせに中々読み進まない。あまりミステリーっていう気分じゃなかったのか、翻訳が合わないのか。個人的に翻訳している(売り込めるなら売り込みたいので訳している)のは、コラム・マッキャンという人のFishing The Sloe-Black Riverという短編集。辞書に載ってない言い回しをどんどん放り込んでくるので、苦戦している。アイルランド人は突然ゲール語挟んでくるのやめてほしい。やっぱり洋書は書店でブラウジングして買わないとだめだな。日本語の本だと自分に何か変なアンテナがあって、これは面白そうっていうのわかるんだけど、洋書でもそういうアンテナ育てないとだめだな。今から育つかな。

 書店でフェアやってたから見つけたんだけど、澁澤龍彦没後三十周年なんだ。ネットで調べてみたら、当初は男性からの支持が多かったけど、今は女性の読者も増えてきたって書いてあって、びっくりした。やってることといいルックスといいもろ女性向きじゃん、と思ってたんだけど、三十年前は女性に注目されていなかったのか。注目していたけど恥ずかしくて大っぴらにできない人がいたのか。今の時代にあんな人がいたらモテてしょうがなかっただろうに。時代を先取りしすぎた奇才。よっぽど『さかしま』買おうかと思ったけど、古本市の残りがまだ大量にあるので諦めた。

 ダイエットのためにたまにジム行ってる。健康そうな爺さん婆さんに混じってぜえぜえ言ってる、のだが、なぜか風邪を引いた。でも根っこは健康だから大丈夫。体重は少しずつだけど減ってて、体脂肪率も少しだけど減った。これだけはどうしても頑張らないといけない。

透明な火照り

 北杜夫の『牧神の午後』を読んだ。六編の短編小説のアンソロジー。でもその中の「病気についての童話」は四つの掌編から成っているので、全部で九編の小説が含まれていると言っていい。まず旧仮名遣いが美しいのもさることながら、作品全体を通して何かこう濁りのない透明感と、熱病的な、はかない夢幻性がある。面白かったものとしては、「パンドラの匣」。当時のちょっと斜に構えた女学生が美しい親友の悲惨な零落ぶりを目にしたり、男を知ったり愛に悩んだりしながら成長していく話。パンドラの匣の底に残されていたのは希望なんだけど、それが神々の最も意地悪な贈り物だったんじゃないか、と考えるところが面白い。美しいのでちょっと引用します。

「希望――あたしはハツと気がつきました。希望こそ神々が送つたもつとも悪辣な代物ぢゃなからうか。パンドラの匣からとびだした諸々の毒虫よりも、やさしい顔して最後に現はれた「希望」の方がもつと曲者ぢやなからうか。この希望に瞞されて、人々はのたうちながら生きようとするのだ。愚かに光明を信じて益々傷だらけになるんだ。どこに救ひがあつた? 瞞されてゐるんです。はやく死んぢまへばいいんだ。」

 (ああブログが縦書きだったなら…)ちなみにこのパンドラの匣の寓話、私は初めて知ったときに、様々な悪いものが箱から飛び出して世界に広まり、希望だけが飛び出さずに箱の底に残ったなら、希望は箱の底に残ったまま誰にも取り出されず、どこにも広まらなかったんじゃないのか? と見当違いな読み方をしていました。

 表題作「牧神の午後」は、そのタイトルと、牧神が午睡から目を覚ます、という出だしから、間違いなくドビュッシーの「牧神の午後のための前奏曲」に着想を得たものと思われる。音楽と同様、アルカディアの森の描写が大変けだるげで、清冽で美しい。

 あとびっくりしたのが、「病気についての童話」の中に収められた「百蛾譜」。私はこの本を中学生の時から探していた。こんなところで出会うとは… 当時BSで美しいアニメーションとともに日本文学を朗読する、って番組があって、その中で百蛾譜が取り上げられていて、その美しさと病的なはかなさのようなものにすっかり魅入られてしまったのだ。物語としては、病弱で昆虫の好きな男の子が、木の間にシーツのような白布を張って、アセチレン燈でそれを照らすと、図鑑で見たような目もあやな蝶や蛾が集まってくる。その色とりどりの羽と金色の鱗粉の中で意識が遠のいていって、ああ僕は死ぬんだなぁ、と思ったら夢だった、というシンプルなものなんだけど、描写が素晴らしい。思うんだけど実体験がないと書けないことって結構ある。私なんかは北海道の火山岩の中からはいずり出てきた人間なので、森や山で昆虫採集なんてしたことがない。だからアルカディアの森も夜の木々の間に群れ飛ぶ蝶や蛾も書けない。北杜夫さんに限らず昔の人って、例外もいるだろうけど子供時代に山野を駆けまわって遊ぶことができたんだろうなと思うと羨ましい。

牧神に誘われて

 宝が池公園に行ってきた。すごく近いのだけれど、今の家に住んでから二年くらいしか経っていないので、今まで行く機会がなかった。何となく考えが鬱ループになって、人間臭さが嫌だけれど人恋しい、というめんどくさい気持ちになってきたので、自然の霊気を吸い込んでみようと思ったのだ。交通量の多い国際会館側の大きな道を曲がり、ホテルの横をしばらく進む。周りは既にうっそうとした緑に覆われているが、公園の入り口にはなかなかたどり着かない。ここは通らないほうがいいだろうと思われるようなやばそうなトンネルの手前に、小さな自転車止めがあった。久しぶりの砂利道をしばらく進んでいくと、池の全貌が見えてくる。

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 結構でかい。カモがのどかに泳いでいる。貸しボートもある。池の周囲はジョギングコースになっていて、本気走りの若者から散歩中の家族連れ、健康づくりの老人までいろいろな人が行きかっていた。入口に自転車止めはあったが、自転車で入っても特にとがめられることはない(私もそれを見越して、自転車で入った)。でも基本砂利が多いので、ママチャリには向かない。本格的なカメラを構えて写真を撮っている人がいたので、被写体は何だろうと思って覗いてみたら、シカがいた。野生らしい。

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 見た感じ少なくとも井の頭公園の池よりは大きいと思うんだけど、周囲を回ってみたら案外簡単に一周できる。京都では結構こういうことがよく起こる。距離感がつかめないのだ。周りに気を取られているうちに足が進んでいるのかもしれない。それとも私が北海道の山から下りてきた人間だから、公園はでかいものと勝手に脳が認識しているのかもしれない。いずれにせよ、悩みを持ち出す暇もなくあっという間に見終わってしまった。暑い日だったけど木陰は涼しいし、マイナスイオンがどばどば放出されている感じがして、いい気分転換になった。公園を出た道をぶらぶら歩いている途中、車道に停めてある車の中で男女がまぐわっていたのには引いたが。軽でやるなよ。

 桑田佳祐の「がらくた」ばかり聴いてる。十歳の時からサザンのファンだから、桑田さんは二十年以上聴き続けていることになる。今回も期待を裏切らない。どれもいいけど、一番好きなのは「簪/かんざし」かな。イントロの不協和音で何かが交錯する。何だろうね。都会の雑踏の中に不自然に落ちた果実であるかもしれないし、目の端をかすめた鳥の影であるかもしれないし、出会うはずのなかった男女であるかもしれない。とにかく、目の前に大きなクロスが見えた。歌詞にいつものようなストーリー性はないけれど、ばらばらとちりばめられた言葉がまた想念を広げてゆく。あと、「大河の一滴」もいい。これは缶コーヒーのCMのタイアップ曲。どろどろとした人間の情念のようなものが、テンポの速いリズムに乗せられて気持ちよく昇華されていく。珠玉の一枚。

一つの求道記

 こないだ下鴨の古本市で買った本を読んだ。ウィリアム・バロウズの『ジャンキー』。麻薬中毒者であることで有名な彼の、自伝的小説であり、処女作、らしい。面白くて一気に読めた。ジャンキーがどういう行動をするか、ジャンキーになるとどういう症状が出るか、というのも面白いが、彼を取り巻くジャンキー仲間や売人、モルヒネコデインを手に入れるための処方箋を書いてくれる医者などの描写が、リアルというか、生々しい。ちなみに本の中でバロウズが「麻薬」と呼んでいるものはモルヒネだ。コカイン、ヘロイン、アヘン、マリファナも出てくるけど、アヘンはモルヒネ断ちの苦痛を和らげるもの、マリファナに至っては全く麻薬扱いされてないと言ってもいい(中毒性は煙草よりましだと言っているが、その話は諸説あるので置いといて)。使ったのは何の気なしに、なのが、いつの間にか麻薬を手に入れることそのものが人生になっている。「麻薬とは人生」―――それがジャンキー。麻薬を買うために駅や電車で酔っ払って寝ている客から金品を奪い、警察の目をごまかすのに悪戦苦闘し、麻薬が切れそうになったらモルヒネを溶液にするときに使ったガーゼまで吸い尽くす。使ったりやめたりして麻薬と付き合い続け、ジャンキーに囲まれて描かれている主人公ビルの人生は、確かに「麻薬」そのものだった。ちなみに、これ以降の作品『裸のランチ』等に比べてこの作品は普通の文体で書かれているので、一般的によく取り上げられるバロウズよりは読みやすいです。あと、当時(20世紀初頭)の人々も、今の合法ドラッグとかと同じように、法に触れない麻薬物質を求めて色々試してたんだなあ、というのも面白いですね。

 身近なのがODな。薬飲むと体が楽になるから飲みすぎちゃって、また薬もらう前になくなっちゃって、薬を求めてさまようような。病院はしごして「いつも行ってる病院に行けなかったので…」って(やってはいけません)。それでも駄目だと体が悲鳴を上げだして、でもないものはなくて、手に入らなくてどうしようもなくなって。薬局に夜盗みに入ろうかと思ったこともある(やってません)。もうやめようと思う。もう飲みすぎて苦しくなるのは嫌と思う。それなのに薬もらったらたくさんあるのをいいことに自転車こぎながらペットボトルの水で飲んだりね。もうやめようと思ってハンカチの上に薬置いて、半分ずつにカッターで切って、少しずつ飲んで効果少なくしたこともあったけど、結局飲みすぎちゃって無くなって、病院行く前日とかもうしんどくて、薬切った粉が残ってるハンカチ舐めてた。アル中とかギャンブル症候群とかにはなったことないけど、すべからく依存症ってこんな感じなんだろうね。ちなみに私は肝臓が異常に強いのか単に異常なのか、酒には酔わないのでアル中にはなれません。次は北杜夫の『牧神の午後』読むつもり。

首筋の静寂

 黄色い日差しが肌に照りつける。爪先を見つめながらとぼとぼと歩いている。花弁を閉じた槿の花がいくつも落ちている中に、ひっくり返ったセミが白い腹を見せている。生命が生い茂っている。死者たちがぼんやりと陽炎のように立ち上る。

 三年前に、主治医が突然死した。私より少し年上くらいの若い人だった。お見舞いに行くことも、病院を通じて手紙を渡してもらうことも許されなかった。もちろん何の病気か、どういう容体なのかも教えてもらえなかった。体調不良という情報だけを与えられて、二〇一四年の年末に突然その人は去った。私はこの人に恋愛感情を抱いていた。好きだということは伝えていた。恋愛感情の好きであることはともかく、感情は大事なものだから、その気持ちは受け止めますので、と言ってもらえていた。好きになるな、とは言われなかった。その三か月後に他界した。

 最初に体調不良でお休みしますと聞いたとき、私は何とかこの先生とコンタクトを取らなければと思っていた。普通に考えれば体調が回復したら戻ってくるからそこまでする必要はないのだけれども、その時の私には何故か今を逃したらもう二度と会うことができないかもしれないという意識が働いていた。個人情報保護法の壁に阻まれて何も教えてもらえず、怒り、病院と戦った。お見舞いに行けないのであれば早く良くなってほしい、という手紙を渡してもらえるだけでも良かったのだが、それすら拒まれた。あらゆる手段を使って居場所を突き止めようとしたが、徒労に終わった。病院という社会的な組織、システムと個人が戦うことがいかに難しいかが分かった。

 やり場のない怒りと無力感は自分に向かった。ワインを飲んではボトルを割り、戸棚のガラス戸を殴って割り、割ったガラスの破片で何度も自傷行為をした。誰かに分かってもらいたい、傷を見せつけたいのではなく、心の苦しさがあまりにも辛くてそれを腕を切る痛みで紛らわせようとした。もっと目立たない場所でやればよかったと今ではすごく後悔している。飲み歩いて放蕩し、知らない男たちに抱かれ、終電の無くなった後に道なき道を歩いて帰って公園で寝た。落ちるにいいだけ落ち、金策尽きて京都に帰った。

 猛烈な悲しみは唐突に襲い掛かってきた。不意に後頭部をバットで殴られたみたいだった。完璧に押さえつけたはずの悲しみが今年の六月末に首をもたげた。先生にはもう会えないという事実が、津波のように私の心を襲った。もう一度話したい。声が聞きたい。もうどう頑張っても会えない。それだけは無理。そもそも突然死ぬかよ。運命が私から先生を遠ざけたとしても、何も殺すことはないじゃないか。苦しかっただろうか、寂しくはなかっただろうか。そんな考えが頭をループして離れなくなった。しばらく涙が止まらなかった。

 悲しみは潮のように満ちては引いてを繰り返す。気がついたらどっぷり海水に浸かっている。引いたときには普通に日常生活を送っている。原因のある悲しさだから、それは時とともに薄れていくはずだ。それすらも悲しい。悲しみが引いていくだろうことすら、先生から遠ざかっていくようで悲しい。でも私は生きているから、そうやって生きていかなければならない。

 なかなか止まない通り雨が耳を打つ。撥ね返った水しぶきが幾つも窓ガラスにあたって、流れ落ちていく。窓の外を見遣る私の、首筋の静寂。先生のことはきっと死ぬまで私の心の中に残る。